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SATIAN/39 -頽廃放浪記-

廃墟/旧共産圏/未承認国家/国内外の”世界の果て”へ。ヒトノココロノスキマをキリトル頽廃放浪記。

散り桜に霙雪 - Sleet on Falling Cherry Blossoms in Japan -

日本での日常の写真を、ブログに載せるのは何年ぶりか…。散り桜に、まさかのみぞれ雪が降った。午後には早々雪は止み、桜の儚さを一層際立てるに至った。ここ10日程、コロナウイルスの日々変わりゆく様々な状況に疲れ息抜きにと毎日桜を撮影していた。8部咲きから枯れゆくまで、撮ろうと思っていた。まさかそこで、桜の雪景色まで撮れるとは思っていなかった。この泡沫なる光景を次に見る事が出来るのは、いつになるだろう。本当は...

2020
29

モスクワでソ連を感じる… レジェンダリー ホテル ソヴィエツキー - Legendary Hotel Sovietsky -

南オセチアや猛吹雪のロシアの旅を終えた私は、無事今回の旅が完了したとほっと胸を撫で下ろした。モスクワへ戻ってきた時の安堵感。そして最後に向かったのが、レジェンダリー ホテル ソヴィエツキー。ソビエト古典主義の壮大な建物この建物はスターリンの指示のもと建設された。スターリンの一番下の息子、ワシーリー・スターリンは生涯ここに住んだという、余りにも羨ましすぎる。現在は豪華な4つ星ホテルとなり、一般大衆が歴...

2020
24

未承認国家 南オセチア共和国・アラニヤ国 2 - An Unrecognized State " Republic of South Ossetia — The State of Alania " -

南オセチア2日目。食堂は2階別室、そこで朝食となる。宿泊客は私ひとりなので、他には誰もいない…………はずだった。入室した瞬間、心臓が飛び出そうな程ビックリした。どうしてこんなに大きな編みぐるみを作ってしまったんだ!隣接するキッチンから、美味しそうな匂いが漂ってくる。バターたっぷりのミルク粥。お好みで塩胡椒。優しい味だ。ハムとトマトのオープンオムレツ。シンプルな美味しさ。編みぐるみには驚いたが、美味しい朝...

2020
22

未承認国家 南オセチア共和国・アラニヤ国 - An Unrecognized State " Republic of South Ossetia — The State of Alania " -

グルジア(ジョージア)側から見た領土問題と、ロシア(オセチア)側から見た領土問題は異なる性質を持っているだろう。今回自分は、兼ねてから行きたいと思っていた南オセチア共和国(アラニヤ国)へと足を運んだ。南オセチア、又はツヒンヴァリ地域はグルジア北部に位置するオセット人の居住地域だ。現在グルジアより事実上独立している『未承認国家』となっている。北はロシア連邦の北オセチア共和国と接しており、「北と南、分...

2020
20

チェチェン共和国の首都・グロズヌイ3 美しい夜の街並み - Grozny, the capital of the Chechen Republic, Beautiful night cityscape -

手料理を頂きゆっくりのんびり過ごしているうちに、夜になった。グロズヌイは夜景が一番美しい、とドライバーは言った。アフマド・カディロフモスク。その佇まいはイスタンブールのブルーモスクにそっくりだ。高さ62メートルのミナレットを備えたデザインのこのモスクは、チェチェン共和国初代大統領にちなんで名付けられた。ロシア最大のモスクと言われる事も多いが、実際はダゲスタン共和国のマハチカラグランドモスクの方が大き...

2020
26

ちきゅうラジオ 2/23・17時より出演させて頂きます

NHK ラジオ ちきゅうラジオ 2/23・17時、なんと出演させていただきます。スタジオ出演…!滑舌悪いけど頑張ります。よろしければよしなに。未承認国家 アブハジア...

2020
22

チェチェン共和国の首都・グロズヌイ2 チェチェンの郷土料理 - Grozny, the capital of the Chechen Republic, Local Chechen cuisine -

アフマド・カディロフ栄光記念複合施設の観光を終え、ドライバーの家へとやってきた。彼の妻と子供達、そして妻の妹と子供、とても賑やかな家庭だった。お茶やお菓子を頂きながら、のんびりと過ごす。ありがたい。本日、チェチェン料理を振る舞ってくれると言う。丸々一匹の鶏。ゴロっと大きなじゃがいも、玉ねぎ。これらはソースを作る為にあると言う。鶏を大きめにカットし、じっくりと茹でていく。主食はこのパスタともマカロニ...

2020
21

チェチェン共和国の首都・グロズヌイ - Grozny, the capital of the Chechen Republic -

イングーシ共和国の嘗ての首都・ナズランの観光を終え、次に向かうはチェチェン共和国の首都・グロズヌイ。途中深い霧に包まれ2メートル先も見えない状態となったがグロズヌイに着く頃にはすっかり晴れていた。空は曇ってはいたが。チェチェンに向かう途中もやはり所々に検問があった。しかしチェックする車はやはり無作為に選んでいるようだった。首都グロズヌイの入り口にて。ナズランで見た観光バスも停まり観光客が写真撮影を...

2020
13

イングーシ共和国 かつての首都ナズラン - Nazran, Republic of Ingushetia -

イングーシ共和国の首都マガスを後に、嘗ての首都ナズランへと向かった。観光地には複数の大型バスが乗り付けており、観光客らはこの後チェチェンへ向かうという。私も同じくそのコースだった。主にロシアからの観光客で、一組みだけ中国からの個人旅行客を見かけた。アジア人はこの地で珍しいので、なんだか親近感を覚えた。ナズランは元々はカフカス地方の典型的山間集落だった。1817年には要塞が建築され以後多数のイングーシ人...

2020
10

イングーシ共和国の首都マガス - Magas, capital of the Republic of Ingushetia -

宿泊先のウラジカフカスのホテルにて、朝食を済ませる。ああ、美味い、幸せな朝食。蕎麦の実にスメタナとチーズをたっぷりかけて。二度おかわりしてしまった。酷い風邪が一向に良くならず、しかし食欲だけは落ちない。この日はまず、イングーシ共和国の首都マガスに向かった。イングーシはロシアの北カフカス(北コーカサス)連邦管区にある共和国である。東にチェチェン共和国、西に北オセチア共和国、南にはジョージアが位置して...

2020
05

旧防空スペシャリスト訓練センター - The secret of the Soviet Union that remains in the former military city. -

旧ソ連、嘗ての軍事都市に。森の中にひっそりと。防空スペシャリスト訓練センター跡が存在している。年々、探索者や地元住人らが“お土産”として残留物を持ち去っている。そして廃墟と化した建造物の中には、リノベーションされ新たな住宅として利用されるであろう物も見受けられた。濃厚なソビエトの痕跡を見る事が出来るのはいつまでだろうか。曇空から雪が散らつき始め、帰る頃には吹雪になった。そして酷い風邪を引いたのであっ...

2020
03

万華鏡のような廃プール - The Abandoned Kaleidoscope Pool -

大雪吹雪に見舞われたその日、至る所で悪天候による交通事故、道路の封鎖、トラブル続きの中予定の倍移動時間がかかってしまった。しかしそれでも、行って良かったと思う。まるで万華鏡のような、廃プール。隣接する建物には住人がおり、お伺い立てに尋ねるとまずは寝ぼけ眼のボサボサの猫が出迎えてくれた。思った以上に天井のガラスは痛んでいた。“廃墟として”良い状態であるのも、そう長くないかもしれない。一期一会。同時にポ...

2020
30

フエの市場を行く - Go to market in Hue -

グエン朝王宮を見終えた後、ホテルに向かいがてら市場へと立ち寄った。観光客向けの土産販売のお店が並ぶ。そしてチェーのお店。私はチェーが大好きだ…ベトナムにいる間もっと食べておけばよかった…。寒天や甘く煮た豆類に芋類、果物などざっくざっく入れたベトナムのトロピカルスイーツ。暑さでぐったりとした身体に染み渡る…。具材の塩梅は店によりけり。更に奥に行くと食材店が並ぶエリアとなる。まさにフエの台所と言ったとこ...

2019
28

ベトナムの古都フエ最大名所・阮朝王宮 - Đại Nội -

阮朝王宮(グエン朝王宮)。それは古都フエ最大の名所。兎に角広い。ホテルで自転車を借りサイクリングがてらのほほんとやって来たが、思った以上の広大なスケールに驚いた。(因みに自分、見た目が鈍臭い為かリアルな友人知人に自転車に乗った話しをすると「乗れるんだ」と驚かれる事がしばしばある…悲しい…)新市街地にあるホテル街からフォーン川の向こう側を目指していく。ホーチミンより車通りも少ないのでサイクリングはなか...

2019
27

ベトナムの古都フエに眠る皇帝の墓・カイディン帝廟 - Khai Dinh Tomb -

ベトナムの古都・フエ。宿泊したホテルの朝食バイキングが凄かった。ずらり。種類が豊富過ぎるなんだこれは…。朝っぱらからフエの伝統料理もたんまりと並ぶ。今思い出すと香港料理の腸粉に似ていたかもしれない。もちぷりっ。洋食も充実。新鮮な南国フルーツもこの通り。もう、ヤバい、しか出てこない。片っ端から、盛りまくった。フエの名物である牛肉麺のブンボーフエはその場で調理し提供される。素晴らしく美味しかった。兎に...

2019
26

聖ポール天主堂跡 - Ruínas da Antiga Catedral de São Paulo -

ジリジリと肌焦がす陽の下、マカオを練り歩く。カジノの煌びやかなイメージばかりあったが、一本路地裏に入ると懐かしさを覚える景色が広がる街に親近感を抱く。街歩きの様子は次の回にて。折角マカオに来たからには代表的な観光地・聖ポール天主堂跡は抑えておこうと思った。ネットや本で見る限り壁しか残っていないようだし正直ショボそうではあるな…と思っていたが。あ、いい感じ。人多いけど。思っていたよりもカッコいい。思...

2019
03

香港の床屋で友人が散髪している様子を見た時のお話 - Retro and Cute Barber in Hong Kong -

現在の香港の情勢が、非常に心配です。自分に出来る事がないのが、もどかしくあります。自分が行った時は、正常な“デモ”がそこにあった…。対岸の火事ではなく、これは私たちにも関わる問題であると感じる。香港へ初めて足を運んだ時、友人の散髪に同行する事になった。中国や華僑圏で路上の床屋を眺めたり外から床屋の内部を見たりはしたが、こうして店内に入るのは初めてだった。味わい深い。なんだかゲームの世界に入り込んでし...

2019
20

香港の廃村・沙螺洞村 - Sha Lo Tung Cheung Uk -

ある日ある時、私は香港のとある山を登っていた。思っていたよりも普通に登山っぽくなっている…ペットボトル1本持ってふらっと行くつもりがこれは水が持たないんじゃないかと不安になってきた。これは、急ごう。再開発された香港の街並みが見える。あんな場所にもあんなにも高いマンションが建つんだ…。見晴らしのいい場所に墓があるのは、なんだか気持ちがいい。地元の方のハイキングコースにもなっているらしく、思ったより多く...

2019
13

ベラルーシの共産主義的デザインのケンタッキー - Kentucky fried chicken with Communist design in Minsk -

ベラルーシの人々は、どうやらケンタッキーフライドチキンが好きらしい。(私も好きです)広告の数が異様に多い。日本だとケンタッキーの人気は下火なような気がするので、なんだか寂しい気持ちになる。そしてベラルーシの首都ミンスクには、とんでもないデザインのケンタッキーがあったりする。共産主義的デザイン全開のこの建物。なんだこれは…。ソビエト共産デザインと、アメリカ資本主義の夢のコラボレーション。ベラルーシと...

2019
12

2020 カレンダー発売します - 2020 Carender " The Spomenik " -

2020年もモーターマガジン社様よりカレンダーを発売させて頂きます。2020年、ザ・スポメニック。旧共産遺産のテーマにもさせて頂いた旧ユーゴスラビアの巨大モニュメントのカレンダーです。壁掛け(横・縦)と卓上タイプがございます。2,420円(税込)、5000円以上購入で送料無料です。注文ページに各ページサンプルなどございます。何卒よしなに。旧共産遺産...

2019
05

19.11.10(日) 星野藍の「異景を観に行く」Part.1 出演します

告知が遅くなり大変申し訳ございません…来たる今週末日曜日、友人の大仏ハンタークロスケ氏と共にイベント出演致します。星野藍の「異景を観に行く」Part.1~あなたの知らない「くすんだ」世界~廃墟や奇妙な形にデザインされた建物など――異色の写真家・星野藍が好んで撮影するのは、時代の波に洗われ、色あせることで逆に存在感を増してきた異様な光景ばかりだ。その好奇心のアンテナに掛かる「異景」を求めて、国内のスポットは...

2019
05

忘却の彼方に消えゆく香港の廃村“馬灣大街旧村” - Ma Wan Village in Hong Kong -

香港に残る廃村へ、フェリーで行く事になった。フェリー!短距離ではあるけど船旅はなんだかワクワクする。予定時刻よりだいぶ遅れてフェリーは到着した。利用客も思ったよりも多かった。変なノアの箱舟が見える…大きな津波が来たらあれで逃げればいいんだな…きっと。などと思っていたらテーマパークだった。程なくして馬湾に到着。香港新界荃湾区にある小さな島だ。船着場を出て歩いていくと、ビーチに出た。確かこのビーチに隣接...

2019
17

伝説の魔窟も今は昔…現在の九龍城跡・九龍寨城公園 - Kowloon Walled City Park -

廃墟好きならその名を知らぬ者などいないであろう、九龍城。ちょこちょこ小出しにしているが、在りし日のそこに、我が父は足を踏み入れた事がある。子供の頃は「中には入っていないよ、外から見ただけだった」と言っていたが……。実際は入っていた。そしてその中で見たものは………。とてもじゃないがインターネットでは書けない…そんな光景だった。いつか父が死んだら書こう。いや、死んで欲しくないけど、あと1000年くらい生きて欲し...

2019
08

香港の古い茶楼に行って飲茶した時のお話 - Go to the old tea restaurant and eat dim sum in Hong Kong -

香港在中の知人に、古い茶楼に連れて行って貰った。ローカルなゾーンをぬるぬる歩いていく。雑多な市場の向こうには高層マンション。いいなぁ…。残念ながらここまで素敵に雑多ではないけれども、自分も時間のある休日には市場に野菜などを買い付けに行ったりする。その日特化の野菜をたっぷり買って、大体スープやカレーにしてしまうのだ。クレソンやセロリなどは生で食べ、きゅうりは漬物にしたり。ライトの色が怪しい。冬瓜でっ...

2019
07

本場香港の飲茶はやっぱり美味しい!というお話 - Story of when I went to Dim Sum in Hong Kong -

香港に行くからには、飲茶したい!という気持ちが兼ねてからあった。そんな訳で偶然見つけた飲茶店へと入った。メニューが記載された紙があり、それに欲しい個数を書いて店員さんに渡して注文するシステムだ。現地語のメニューしかなかったけど、とりあえず海老の点心が食べたかったので「蝦」の字が入ったものを片っ端から注文してみた。まぁ何とかなるだろう。フィーリングフィーリング。というわけで早速一番最初にやってきたの...

2019
03

蝦子撈麺(海老卵麺)の旨さが感動的だったお話 - What is Shrimp egg noodles in Hong Kong ? -

言わずもがな、香港の飯は美味い。漢字が連なる看板みっちり感が、香港を感じる。次はいつ行けるか。今からワクワクする。日本食の店もよく見かける。香港人の旅行先は、日本と台湾が一番多く、日本旅行のヘビーユーザーも多いそうだ。確かに自分の友人の香港人も化女沼レジャーランドやマヤカンに行ったり、挙式を軽井沢で行ったりなかなかディープな楽しみ方をしていたな。この日案内して頂いたのは、知人オススメの蝦子撈麺(海...

2019
01

重慶大厦(チョンキンマンション)に宿泊した時のお話 - Story when staying in Chungking Mansion -

検索すれば色んな悪名高いような話題がボコボコ出てくる重慶大厦(チョンキンマンション)。MTR尖沙咀から徒歩1分圏内の好立地の1960年代に開発された複合ビルは、居住区、ゲストハウス、飲食店、モバイルショップ、両替所、売店、ランドリー……なんでも揃ったカオスビルだ。宿泊代が総じて高い香港にて、格安で宿泊出来るゲストハウスが入っている為バックパッカーに人気の場所でもある。が、何だか色々すごいらしい。これは一生に...

2019
18

旧ソ連時代の廃サナトリウム - The Abandoned Sanatorium "Līva" in Latvia -

美しい菜の花畑ばかりが広がる、牧歌的光景。穏やかなドライブ日和。旧ソ連時代の廃サナトリウムがあると聞き、私は呑気にチョコレートバーを齧りながら向かったのだった。過去の栄光のリゾート地に、少しずつ解体されては放置されているというサナトリウム。それにしても旧ソ連圏のチョコレートは美味しい。一番美味しかったのはナゴルノ・カラバフで食べさせて貰ったチョコレートだけども。あの時世話になった女の子とは今でも時...

2019
17

遺棄された義足工場 - The Abandoned Artificial Leg Factory -

何の変哲もない閑静な住宅街。何処にでもありそうな実に普通の住宅街。そんなありふれた日常の中に、唐突に現れた非日常的光景。義足工場の廃墟。初めて遭遇する種類の廃墟だった。足を踏み入れた瞬間、ガサガサッ!と小さな動物が動く影が見えた。猫だ。野良か外猫か、どちらかは分からないが猫の溜まり場になっているようだった。荒れ果ててはいるものの、当時の情景が目に浮かぶような、古い町工場。絶え間なく雨が降り続く日だ...

2019
13

フリードリヒ ヴィルヘルム王3世 五番砦 in ロシアの飛び地・カリーニングラード - Fort № 5 "Frederick William III" in Kaliningrad -

リトアニアとポーランドに挟まれ、バルト海に面するロシアの飛び地、カリーニングラード。飛び地と聞いて興奮するのは、人間のサガだ。たぶん。きっと。カリーニングラードは元々1255年ドイツ人の東方植民によって建設された都市で、1946年まで使われていた旧名はケーニヒスベルクというドイツ語で王の山という意味を持つものであった。20世紀前半まではドイツの東北辺境の重要都市で、プロイセン発祥の地でもある。後にソ連領とな...

2019
06