SATIAN/39 -廃墟の影片-

廃墟/旧ソ連/未承認国家/国内外の”世界の果て”へ。ヒトノココロノスキマをキリトル頽廃放浪記。

旧ユーゴスラビアの列車の墓場 - Train Graveyard in Yugoslavia -

冬の晴れ空の下。こんなにもセルビアの冬とは暖かなのか?いや、あの時はどの雪国も何故か暖かすぎた。暑い暑いと言いながら、羽織るジャケットを鞄にしまい歩みを進める。目の前に見えてくる地下道入り口。そのすぐ奥にあるゴミ溜めのような掃き溜め。ジプシーの村だ。こちらではロマと呼ばれているが日本人にはジプシーという名称の方がしっくりくるかもしれない。ロマは、こちらに気がつくとロマの言葉で激しく罵倒してきた。老...

2018
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名古屋の本屋さんにて『日本統治下時代の痕跡・日本人街』個展開催します - Photo Exhibition " Traces of Japanese era era · Japanese town " -

7/21〜28、名古屋の特殊書店・BiblioMania(@BiblioManiaY)さんにて、曾て大連に存在した日本統治下時代の痕跡「日本人街」の写真展を行います。2015年〜2016年にかけて再開発により消えた「東関街」を中心に、幾つかの日本人街の写真を展示します。web未公開写真ばかりです。■開催日:7/21(土)〜28(金)営業時間:平日14時~20時/土日祝13時~20時定休日:月・火・不定休(ビブリオマニアのツイッターをご確認ください)■場所...

2018
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破壊されたパルチザン支隊記念モニュメント - Monument to the 1st Split Partisan Detachment -

パルチザン。正式名称、ユーゴスラビア人民解放軍およびパルチザン部隊。第二次世界大戦時のユーゴスラビアにおける、枢軸国の支配に抵抗した共産主義者主体の勢力の事だ。パルチザンはユーゴスラビア共産党率いる人民解放戦線の軍であり、その最高意思決定機関はユーゴスラビア人民解放反ファシスト会議(AVNOJ)であり、ヨシップ・ブロズ・チトーを最高指導者とした。パルチザンという名前からか、どうしてもゲリラ勢力が想起さ...

2018
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第二次世界大戦を忘れる事なく…ユーゴスラビアの痕跡、ストーンフラワーモニュメント - Yugoslavia's remnant Cvjetni spomenik "Stone Flower Monument" -

あれ程天気が良かったのに、どんどん雲行きが怪しくなってきた。遠目に見ゆる目的地。あれだ。本格的に雨が来る前に。翼を広げたかのような。大きな花びらを咲かせたかのような。正解は後者だ。スートンフラワー。第二次世界大戦中、絶滅収容所で処刑された数十万人の人々を慰霊するモニュメントだ。戦争の悲惨さと、自由の尊さを忘れる事なく生きていく事を。というのは大義名分で、概ねユーゴスラビアの政治的プロバガンダとして...

2018
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生々しい紛争跡が刻まれる、サラエボのショッピングモールの廃墟 - Shopping Mall Destroyed by The Bosnia-Herzegovina Conflict -

そこを知ったのは偶然だった。道路を走らせている時、ふと目に入る破壊された建物。「あれは何?」「紛争の時破壊された建物だよ。」首都、サラエボに。そのまま放置されているとは。博物館で見た紛争時の映像に映っていた建物だった。その建物の前で銃撃戦が起きていた。鳴り響く銃。人々の叫び。戦う軍人。倒れる民衆。血と涙と怒りと悲しみと。そこには悲劇しかなかった。様々な廃墟を見てきた。美しい廃墟、不気味な廃墟。不思...

2018
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オリンピックも夢の跡…サラエボのスキージャンプ場の廃墟 - The Abandoned Ski Jumping Venue from Sarajevo's 1984 Olympics -

1984年、サラエボオリンピック。その跡地の一つ、スキージャンプ場。今では廃墟化した観客席が取り囲むように、子供達の遊び場が提供されている。傾斜の先には、スキージャンプ場。苔むし劣化したコンクリートの階段を登り、上へ上へと目指していく。地味に苦行だ。1984年サラエボオリンピックは、1984年2月8日から2月19日までユーゴスラビア…現在のボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボで行われた冬季オリンピックだ。規定の変更に...

2018
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オリンピックも夢の跡…サラエボのボブスレートラックの廃墟 - The Abandoned Sarajevo Bobsled Track in Sarajevo -

1984年。ボスニア・ヘルツェゴビナはユーゴスラビアの一部だった。冬季オリンピックが現在のボスニアの首都・サラエボで開催された。オリンピック景気に街は活気付いた。しかしそれから7年。1991年に勃発したユーゴスラビア紛争に伴いユーゴスラビアは解体。ボスニアは1992年から1995年まで続いたボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の血塗られた舞台となった。平和の祭典とは、一体何だったのだろうか。オリンピックの各施設も無慈悲に...

2018
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幽幻なる未来から時を超えて…コスマジ・モニュメント - Kosmaj Monument -

スポメニック(Spomenik)。それは旧ユーゴスラビア時代建てられた戦争記念碑。未来から時を超えてきたのかと思わせるようなサイエンス・フィクション的ビジュアル。これらは戦争の悲惨さ、自由の尊さを現している。遺棄されたかのように見えるが、一応記念公園だ。コスマジ・モニュメントの作者は未だ不明だ。1970年に造られたその記念碑は第二次世界大戦の時戦いしパルチザンの英雄たちを慰霊するものだ。1941年から1945年まで、...

2018
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ソビエト時代のガラス工場の廃墟 - The Abandoned Soviet-Era Glass Factory -

バルカン山脈の山間にある、静かで小さな田舎町。全盛期には、500人は労働者たちが勤労していたこの地域も、今は過疎化が進み恐ろしく閑散としている。山間から山間へ、バルカン山脈の移動はなかなか骨が折れる。解体途中のガラス工場の廃墟は、ソビエト時代に建造されたものだ。破壊されたガラス瓶の破片が山のように積み重ねられている。廃工場の中から、男たちの声が聞こえた。挨拶と許可を伺うと、快い返事。こういった状況は...

2018
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もうひとつの自然光の手術室 - A hospital where surgery was possible with natural light rather than electricity -

古い木造廃病院との出会いは、思いがけない事や物が多々ある。歴史にも記憶にも残らず時に埋もれ消えていく場所は思った以上に多いのだろう。入院棟の表記が堪らない。部屋に不可解な当時のものと思わしき落書きがあった。余りに、不可解だった。所謂様々な「性感異常」をまとめた医学関係の本だが、読んでいると真面目な事でもギャグのように感じてしまうその内容に釘付けとなってしまう。ホーロー製の……。一瞬鍋かとも思ったが形...

2018
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ソビエト軍占拠の痕跡 小さな森の秘密の軍事基地・リトルモスクワ - Secret military base in the small forest ... Little Moscow " Kis Moszkva " -

1989年、汎ヨーロッパ・ピクニックという、当時オーストリア共和国ブルゲンラント州に食い込むハンガリー人民共和国領ショプロンにて政治集会が行われた。これにより東欧革命を急速に促す事になり、ベルリンの壁崩壊及び1990年のドイツ再統一、1991年のソ連崩壊など一連の冷戦終焉に向かう流れを生んだ。ハンガリーを離れる事になったソビエト軍のキャンプ跡地はハンガリー各地に残っている。ここ“リトル・モスクワ”…現地では МАЛЕ...

2018
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遺棄された戦闘機 MiG-21 & Su-22 の墓場 - The Abandoned Fighter MiG-21 & Su-22 Graveyard -

日本では考えられない……というものが、平然とそこにある時に遭遇した時のこの気持ちの昂りは、なんとも上手い言葉が紡ぎ出せないものである。ソビエトの第三世代軽量超音速戦術戦闘機、MiG21。社会主義側でいえばMiG、主本主義側でいえばF-4が冷戦時代のベストセラーだったという。NATOコードネームは“フィッシュベッド”。魚の寝床よりも魚の頭のように見えたのは私だけだろうか。迷彩柄のボディに真っ赤に塗られたその頭。挑発的...

2018
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ブバンジュ記念公園、3つの拳の記念碑 - The Three Fists Monument is in Bubanj Memorial Park of Nis -

太陽が登る前に、私は始発のバスに乗り国境を越えた。パスポートコントロールで一旦降ろされ、スタンプを押してもらうも外に出たらバスがいない。何処だ!隣国のゲートの手前までバスは走っていた。お願い、待っていてください、不安になっちゃうよ。居合わせていた中国人の青年は何故かパスポートを返して貰えず青ざめた顔をしていたが、なんとかなったようだ。約4時間の移動を経て、私はセルビアの古都・ニシュへとやって来た。...

2018
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共産党ホールの廃墟・バズルジャ(Buzludzha)の各種グッズを作ってみました。

SUZURIさんにての共産党ホールの廃墟・バズルジャ(Buzludzha)の各種グッズを作ってみました。共産党カラーの赤が眩しいTシャツ。しかしお色は各種選べます。さわやかなロングTシャツ。こちらもお色が選べます。ハンカチなど以外は色が選べるのでお好きなカラーを選択してください。サコッシュというバッグです。元々は自転車ロードレース時にレーサーに渡すドリンクなどを詰める為に使用されるショルダーバッグのことで、必要最...

2018
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S高原スキー場 - S Highland Ski Area -

霏霏蕭蕭 暴風進軍身近な場所でも、人は簡単に、きっと死ぬ。猛吹雪の中突き進み、あゝ、そういうもんだよな、と。晴れ渡る青空を期待した自分がバカだった。人間、暖かな春潰えぬ陽だまりの中ばかりでは、生を実感出来ないんだ。平和の先にあるものは、何よりも愚かな白痴の末路なのかもしれない。...

2018
02

ブルガリアの共産党ホールの廃墟、バズルジャ - Abandoned Communist Party Headquarters " Buzludzha " in Bulgaria -

人間、皆最後は死ぬ。生きる事は孤独だ。人間群れの中でしか生きられぬものだが本質は皆独りだ。しかし死は、もっと孤独だ。死ぬ前に、生きたい場所は全て行ってから死のう。全て行ったと思っていた筈が「また」見つけてしまう、「まだ」行き足りない。仕方のない性分だ。そこは世界で最も有名な廃墟のひとつだろう。廃墟マニア、共産圏マニア、東欧好き、建築物好き…様々な趣味嗜好の人間の心を掴んで止まない。「世界四大廃墟」...

2018
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廃仮面ライダー - The Abandoned Kamen Rider -

ある日ある時ある曜日。「廃仮面ライダーがいるよ」と聞いたので、気になって早速行ってみる事にした。…廃仮面ライダー?一面の、田舎の果てに。何か、いた。仮面ライダーだ…。近所の人がこの手の類の物が好きでガサガサ集めていたらしい…。隆々としていらっしゃる。足に、硬貨投入口が付いている。一体何が始まったのであろう。塗装も剥がれ、陽の光で色褪せ、風化しきった風体だが、それでも彼は立派なライダーだ。しかしそれよ...

2018
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廃飛行機 - Abandoned plane that lost its wings -

翼を失いしヒーローは今。何故こんなところに、こんなものが?思わず疑問を投げかけずにはいられない。日本国内でこのような廃飛行機は恐らく少ないだろう。此処東北に貴重な一機があった事を有難く思う。...

2018
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世界一安全な停戦地帯・キプロス共和国 2 - The safest cease-fire area in the world, Cyprus -

北キプロスから南キプロスへ。そしてまた北キプロスへ。両国の国境は、1日に何度でも越える事が出来る。一組、外国人観光客が何やら揉めていて南から北への出国を拒否されていた。パスポートを見ながら揉めていたようだが。北キプロスは南キプロスに比べ観光客が少ない、と何かで読んだが、少なくてもクロスポイントの辺りは人通りが多く賑わいを持っていたと思う。…が、一本裏通りを入っていけば、ここが停戦地帯のど真ん中である...

2018
05

世界一安全な停戦地帯・キプロス共和国 - The safest cease-fire area in the world, Cyprus -

キプロス島。南部のギリシャ系住民が支配する地域・南キプロスと、分離独立を求めている北部のトルコ系住民が支配する地域・北キプロスに分断する、東地中海のシリア・アナトリア半島の沿岸にある島。南キプロスと北キプロスとの衝突を抑止する為1974年に国連が引いた緩衝地帯(非武装地帯、停戦ライン)…通称グリーンラインが存在する。グリーンライン…有刺鉄線のその先は砂漠だったり、誰もいなくなった住宅だったりと様々だ。ト...

2018
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