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SATIAN/39 -頽廃放浪記-

廃墟/旧共産圏/未承認国家/国内外の”世界の果て”へ。ヒトノココロノスキマをキリトル頽廃放浪記。

昭和の記憶を求めて…古き良き木造マーケット・小向マーケット商店街 - Showa period remnants ... The Komukai Market in Kawasaki(Japan) -

川崎に濃厚な『昭和』を感じる事の出来る木造マーケットが残っていると聞き、暇な時間を見つけた私はそこに向かった。川崎駅からバスで更に移動したどり着いたそこは…凄いの一言。この風貌ではあるが、なんと現役の木造マーケットだ。頭上にずらりと並んだ看板が堪らない。去年までは頭上に万国旗も飾られていたが、台風をきっかけに外してしまったそうだ。木造家屋が倒壊した時、万国旗があっては片付けに邪魔だろう、と。「あれ...

2020
15

昭和ラブホの世界を覗いた時のお話し3 - A Love Hotel of Showa Period in Japan -

同じ趣味嗜好の友人と共に昭和ラブホの世界を覗いたあの楽しかった遠征…。実は足を運んだ昭和ラブホは2軒だけではなかった。(宇宙船な昭和ラブホの記事はこちらスペースシャトルな昭和ラブホの記事はこちら)なんとこちら、キティちゃんコンセプトのお部屋…!天井のステンドグラスがキティちゃんじゃないのが若干残念だが、でもベッドにはキティちゃん。壁紙もキティちゃん。ソファとテーブルスペースもキティちゃん。このぬいぐ...

2020
09

昭和ラブホの世界を覗いた時のお話し2 - A Love Hotel of Showa Period in Japan -

同じ趣味嗜好の友人と共に昭和ラブホの世界を覗いたあの楽しかった遠征…。実は足を運んだ昭和ラブホは一軒だけではなかった。スペースシャトルがあるお部屋というものに、初めて遭遇した…!(正確には“廃墟のラブホテル”のスペースシャトル的なものには遭遇しているが現役のラブホテルのそれに出会うのは初めてだった)このスペースシャトルがベッドである。ラブホテルのベッドにしては少々狭いかもしれないが、天井は鏡張りだしス...

2020
05

昭和ラブホの世界を覗いた時のお話し - A Love Hotel of Showa Period in Japan -

昭和のラブホテルとは、こんなにも美しいものだったのか。本やネットで目にした事はあるものの、実際己の目で見て部屋に足を踏み入れるとまた違ったものがある。廃墟のラブホテルではなく、生きた『昭和ラブホテル』という存在。扉を開けると、そこには宇宙空間が広がっていた。いつか夢見た僕たちの近未来。懐かしくて遠い、しかしとっくに通り過ぎてしまったレトロフューチャー。宇宙船の中に宇宙船があるような。何と可愛い何と...

2020
01

昭和の残り香を探し歩いた時のお話し(喫茶店編) - A Lingering Scent " The Showa Period " -

フランソア喫茶室。京都市の四条木屋町を下ったところにある町家を改装し1934年9月フランソア喫茶室は開業した。1934年、まだ戦時下にあった時代。豪華客船のホールを思わせるイタリアン・バロックを基調としたインテリア。蓄音機から流れるモダンなクラシック音楽。多くの若者や文化人、芸術関係者、学生や教員などが足繁く通い集い語り合い、珈琲を味わうひとときの安らぎがそこにあった。クリームソーダは普遍的な『昭和』の象...

2020
27

青森近代建築巡り - Modern architecture in Aomori -

数年前、青森に遊びに行った時のお話し。夜行バスにどんどこ揺られ、弘前到着後友人と合流し国登録有形文化財のスタバ・旧第八師団長官舎へ。当時午前中には売り切れになるというプリンを朝から食しぬらりぬらりと近代建築を見に行った。…と、その前に何やらカオスな美容室を発見。『やっと見つけた私の美容室』まだ残っているのだろうか…誰か髪を切って来て欲しい。友人と共に向かったのは旧東奥義塾外国人教師館。それよりも可愛...

2020
01

川倉賽の河原地蔵尊 2

お堂から池に向かって坂を下っていく。そこが、賽の河原への道だ。此処もまた、身が引き締まる思いになる。色鮮やかな風車が並ぶ。水子供養ならではの物悲しい光景。お地蔵様の前には、お菓子が供えられる。地べたに佇み土に還りそうなお地蔵様。祠に鎮座するお地蔵様もいる。静かな森。一番下迄来る人は意外な程少なかった。何と言葉を紡いだら良いかは分からない。でもこの国は、どんな国のどんな尊いどんなに歴史のある信仰より...

2016
26

川倉賽の河原地蔵尊

賽の河原地蔵尊。その歴史は古い。数千年前、天空から不思議な證明が降り、その光に照らされた場所から発見された地蔵尊を安置したのが始まりとも言われている青森県有数の霊場だ。東北には、独特な地蔵信仰が他の地域に比べ盛んなように見える。その空気感は、現地に行かないとやはり体感出来ないものだ。地元福島は、山岳信仰の流れを組んだものが多いように見え(すいません、あまり詳しくは調べていないので悪しからず)幼い頃...

2016
25

隣ノ街ノ、コクドウサン

細雪過ぎて洛陽緋色水晶体には深縹階段国道。国道339号は階段と歩道で構成された車両通行不能区間がある。国道指定された階段を持つ日本唯一の国道だ。階段が国道に指定された経緯はいまだ明確にされておらず諸説ある。何とも珍しい場所だ。途中分岐するのは廃道だろうか。海が見える場所は、晴れ晴れと気持ちがいい。それまで降り続いていた霙に雨は、いつの間にか吹き飛んでいた。...

2016
22

隣ノ街ノ、ゲンパツサン

雨降り風鳴り荒れ模様、ゲンパツサンは今日も佇む「原子力 明るい未来の エネルギー」が撤去されると聞いた時、青森にいる友人が、そういえば地元にも原子力に関する標語が飾ってある場所がある、と言った。今は何もないにしろ、仮に今後事故や地震、“彼ら”にとって何らかの“不都合”が生まれる時、それは“なかったもの”とされてしまうかもしれない。その前に、せめて。...

2016
20

酉の市 二〇一五

年の瀬の挨拶をするタイミングを逃しそうなので、覚えているうちに、今のうちに。今年も当ブログを御拝見くださり、有り難う御座いました。今年は当方にとって、なんだか落ち着いて楽しい年でした。今迄に無いような出来事も諸々あったけどそれもまた過ぎ去れば思い出となり。来年もまた、廃墟やヒトノココロノスキマにすっと差し込むようなお写真をワシワシ撮って行けたらな、と思います。年末まではまだちょっとありますが、残り...

2015
03

DOBOKU2015 -希望のかけ橋- 2

雨過天晴 晴朗高らか浪穏やかベルトコンベアのすぐ横に、「奇跡の一本松」がある。太平洋につながる広田湾に面した高田松原は、350年に渡り植林されてきた約7万本の松の木が茂り、陸中海岸国立公園(現三陸復興国立公園)や日本百景にも指定されていた景勝地だった。2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震による津波の直撃を受け、ほとんどの松の木がなぎ倒されて壊滅した。しかし、松原の西端近くに立っていた一本の木が津...

2015
30

DOBOKU2015 -希望のかけ橋-

篠突く春霖 鐵は慟く4月半ばに参加した復興ドボク見学会で拝見しましたベルトコンベア。初日は生憎の雨模様、しかしアメニモマケズ参加者の皆様のシャッターは止まりません。現在気仙大橋南側「奇跡の一本松」周辺では、主塔の高さが約40m、塔柱間が220mの巨大なベルトコンベヤー吊り橋「希望のかけ橋」が設置されている。この橋は今泉地区の高台宅地確保の為、山林部を削ることで発生する大量の掘削土を高田松原地区や高田沖の被...

2015
24

DOBOKU2015

晴れ間が見えたらむすび片手に信号雷管ブログではご無沙汰しております。展示を終えてから古今東西奔走しておりました。4月半ば復興ドボク見学会なるものに参加してきました。陸前高田の復興の現状、今の福島を見てからの…ですと、大きな衝撃を受けると思います。写真は第一豊号、青空に赤色が映える大きく美しい起重機船。メインの陸前高田のベルトコンベアは、また後ほど。[ 続 ]...

2015
21
2014
08
2014
07

舂く刻 と

刻は舂く砂時計徘徊瞻眺深々と[ 終幕 ]...

2014
25

舂く刻 に

郡大根、東寺蕪、聖護院胡瓜。此れ等3つは、絶滅した京野菜だ。現在は41品目が残っているらしい。絶滅種…どんな味がしたのだろうな…時折そんな、何も関係の無い事を考えながら、ぼぅっと立ち止まる。何分何時間何日でも、留まりたくなる場所。[ 続 ]...

2014
15

舂く刻 は

此処に来ると何時も飲むものの一つに、冷やし飴がある。麦芽水飴(または米飴)を湯で溶き、生姜の搾り汁や卸し生姜を加えた飲み物だ。此れが堪らなく好きで。此処に幾つか自販機が設置してあるので、気が向いた所で購入する。場所によって何故か10〜20円程値段に差があるのは何故か…。只管、美味い。[ 続 ]...

2014
13

舂く刻 ろ

ぎょーんぎょーんと木々の間を飛び回る天狗みたいなのが京都は多い[ 続 ]...

2014
09

舂く刻 い

西の方に遊びに来た時は、殆どの時まず足を運ぶ場所。心引かれてふらふらと、勝手に足が赴き出す。観光客押し寄せる時間帯を避け独り撮り歩いている中、カメラも持たず全く同じペースで巡っている青年がいた。珍しい人もいるもんだなぁ。と、更に珍しく話しかけられた。どんな写真撮っているんですか、と。気さくで笑顔が素敵なお兄さんだった。写真を見せた後別れたけど、電車を待っている時ふと顔を見上げると向かい側のホームに...

2014
07

Now Here

そろそろただいま黄色い蝶々...

2013
27

紺碧の鋼鉄 亖

天影一如天刑知らずの紺碧の鋼鉄〔終〕天井の「井」と云う漢字は四角い枠型を象る。元は、「形・刑・型」の一部である「ケイ」の音であり、「いど」を意味した「セイ」の音の文字は「丼」であったが、後に混同されたと云う。刑の一部。...

2013
30

紺碧の鋼鉄 參

虚心嘆懐ふるきをたずね〔続〕まつげがふさふさぴーんとお空に届くが如く20センチ程のびる夢を見たしかもなんだか銀色の、鳥の羽のようなまつげになっていたそのまま飛べそうぶーん...

2013
24

紺碧の鋼鉄 貳

蒼溢遍くたまさかうつつの青天霹靂〔続〕...

2013
21

紺碧の鋼鉄 壱

天知る地知る彼は知る、あの日あの時あの場所で。〔続〕...

2013
18

邂逅

二年前。普通なら、得体の知れない初対面のヴィヴィアン固めの挙動不審な見るからにナチュラル・ボーン・クレイジーなんざに連絡先を教えたりしない筈なのに。本能の儘動く癖はどうにもこうにも生まれつきらしい。今や大切な無二の友人であると、本人には(ムカつくから)死んでも云わないけど、一方的に、勝手に、思っている。(この記事絶対見るなよー…見たら明日家荒らす…)...

2012
02

白亜の後釜と為るか 2

先日訃報が伝えられた白亜の迷宮。今夏中に様子を見に行きたいものですが…ふむ、予定が変わったし、少々難しいかな。消費されるが儘のコンテンツに成るのも嫌だ(終わり以上の悲しい終わりだから)、観光地化されるのも、何か違う…廃墟だけに云えた事ではないけれど…工場成分、木造成分、廃屋成分、鉱山成分、…様々な要素があそこまでギュッと凝縮された玉手箱のような廃墟さんには、もう出逢えないものか…...

2012
04

白妙の後釜と為るか 1

愛してやまぬ、白亜の迷宮が解体を迎える事と成りました。現在進行形で解体は今日も明日も続いている事でしょう。写真展の題材にもした、大切に憶っていた場所でもあります。生けるその時から死した後も尚、沢山の物語を紡いできた場所でしょう。沢山の人々を魅了してやまなかった事でしょう。私が何を言ってもどうと云う事も無いのですが、とりあえず、東の片隅から、合掌。続。...

2012
03

呪詛 哀

無常な世の常々、辿り着くのはやはり終焉で御座いましょうかごめんなさい、殺して?莫迦おっしゃい、死より苦しい生を与えましょう。...

2012
08