SATIAN/39 -廃墟の影片-

廃墟/旧ソ連/未承認国家/国内外の”世界の果て”へ。ヒトノココロノスキマをキリトル退廃放浪記。

トルコの東の果て、アルメニアとの国境の街・カルス - Kars - 6 Kars Citadel

私はカルスという町について何も調べないで行ったけど、散策すれば散策する程、アルメニアにほど近いこの町に吸い込まれるように興味を持った。「オールドカルスキャッスル」と町の人が言っていたカルス・シタデル(Kars Citadel、Citadelは砦という意味だ)は、カルスを見下ろす岩山の上にある。1153年に建てられた。アルメニアの領地だった時代に建ち、流れ行く怒涛の時代の中1386年にはモンゴルに、1606年にはイランに、1878年...

2016
21

トルコの東の果て、アルメニアとの国境の街・カルス - Kars - 5 オールド・カルスを目指して

オールド・カルスを練り歩く。美しいモスク、古くて味のあるモスク…この辺りは特にモスクが密集する。1日に何度か、決まった時間にコーランが流れる。早朝5:22には、1日の始まりのコーランが流れていた。必然的に目が覚めた。トルコは、イスラム教の国だ。でも、そこまで厳密な感じはしない。お酒を普通に飲むし、女の子もカラフルなヒジャブを着けている子もいればいない子もいる。嘗てモスクがそこにあったのか。門と壁のみに...

2016
20

トルコの東の果て、アルメニアとの国境の街・カルス - Kars - 4 オールド・カルスを目指して

前日に続きの、曇り空。時折雪がちらつく。表通りはそこそこ綺麗だが、裏に入ると一気に寂れた横顔を見せる。オールドカルス、と呼ばれるエリアがある。小高い丘にある城跡とその周辺のエリアだ。そこを目指し、好奇心の侭ふらりふらと歩いていく。...

2016
18

トルコの東の果てで魚を捕った時のお話。

「フィッシャーマンに会うかい?」気のいいおっさんは、私に聞いた。どうやら、湖で魚を捕ってくれるらしい。凍てついたチュルドゥル湖の上を、歩いていく。この寒さなら大丈夫だろうけど、パキパキ、って割れたら…と思うとぞわぞわする。猛烈な突風が吹きつけ猛烈な寒さに見舞われてはいたけど、それよりも楽しさの方が上回っていた。あらかじめ目印をつけていた付近を、ピッケルで破壊する。仕掛けていた網を引き上げたけど、め...

2016
17

トルコの東の果て、アルメニアとの国境の街・カルス - Kars - 2

夕闇のカルスを、練り歩く。16時台なのに、もう、夜だ。寒さは、否応がなに気持ちを、身を、引き締める。だけど人の笑顔に、口角もほころぶ。遠くに行きたいといつでも願って、一人で何処までも歩きたいと思い飛び出しても、人は、人を絶対に一人にはしない。私はよく、強いね、と言われる。勇敢だね、と言われる。怖いもの知らずだね、と言われる。だけど本当はきっと、弱い。誰よりも弱い。子供の頃は泣いてばかりだったし、怖...

2016
14

トルコの東の果て、アルメニアとの国境の街・カルス - Kars -

前日まで、猛吹雪のナゴルノ=カラバフにいたなんて。前日までの国境越えが、すでに夢のようだった。遠いようで近い。近いようで遠い。トルコはアルメニアのすぐ隣だ。だけど国境は、全て断絶されている。越えられる事はまずない。アルメニア国境地帯にあるトルコ最大の都市、トルコの東の果て・カルスという街に私はいた。ホテルに着いてすぐ、シャワーを浴びた。あたたかい。約3日ぶりに、あたたかいシャワーを浴びた気がする。...

2016
11

曠野らに果つ -Ani Ruins- 7

月代臨む、涅乙女聖グレゴリオ教会。アニ北西の高原の、市の外壁近くに建つ教会。アニの教会は市街から見たときに美しく映えるように平原の隅に建てられたと言われている。外壁は12面から成り、入り口は一般的な東西軸上でなく南西側にある。内部は、外観からは想像できないほど広い作りになっており、外とは隔絶された更なる静謐な空間だ。谷を見下ろすと幾つものカーブ。重たい雪が舞う荒野には、朽ち果てた遺跡群と私しかいなか...

2016
09

曠野らに果つ -Ani Ruins- 6

氷雪の空、哀歌消え往く谷底の洞窟の穴々を横目に、淵を歩いていると唐突に四角い異物が目に飛び込む。セルジューク宮殿。アニ最北西の角に位置する、長方形の宮殿。大ホールと、ホールの周囲に配された小部屋から成る。二階部分は破壊されたが、一階と地下が残っている。完全に原型を留めていないガギグ教会。美しく施されていたであろう装飾も、フレスコも、全て失われている。無惨にも散らばり荒野に野曝しになった侭の石のひと...

2016
19

曠野らに果つ -Ani Ruins- 5

其処は神々の砦か、神々が我らの砦か。エブー・マヌイェフル・ジャーミー。アルパチャイ川を見渡す山腹に建つ、現存するセルジュークの宗教建築としては最古のモスクだ。メッカの方角を示す窓・ミフラーブの代わりに、壁にくぼみが示されている。1906年まではモスクとして使用されていたらしい。モスクを離れ暫く歩いて行くと、瓦礫の山と化した城壁がある。嘗てのアニの街を一望出来る、物悲しい栄華の痕跡だ。吹雪は、風は、一段...

2016
18

曠野らに果つ -Ani Ruins- 4

人窮すれば天を呼ぶアルメニア、そして東アナトリアで見られるこの独特な模様の歴史的建築は、他では類を見ないものだ。ラッブル・コア工法と呼ばれるコンクリート工法が用いられている。ラッブル・コア工法とは、壁面の外装表面として十分整形した石材を配置する一方、壁体の内部にモルタルと骨材を充填することで表層の石材を連結し、壁体として成立させるもので、ローマ建築に由来する工法とみられている。時代や地域に関わりな...

2016
17

曠野らに果つ -Ani Ruins- 3

灯し燈の消え入るやうにキャラバンサライ。ペルシア語で「隊商宿」の意味。隊商のための取り引きや宿泊施設を指している。一般的には中庭がある2階建ての建築物で、1階は取引所、倉庫、厩、管理人や使用人の住居にあてられ、2階は客人である隊商の商人たちの宿泊施設となっていた。アガと呼ばれる責任者や、荷運びの監督、夜警などの役職が常駐していた。アニのこちらのキャラバンサライは、1031年、セルジュク朝がキャラバン...

2016
16

曠野らに果つ -Ani Ruins- 2

「石のひとつひとつに、魂が宿る、そんな場所だ」と、彼は言った。谷底を見下ろすと、洞窟のような穴が幾つも点在していた。カッパドキアを彷彿させるようなその穴々はカーブと言われるものだ。カーブ、そのまま洞窟という意味だが、アニ周辺の岩壁は洞窟を掘削するのに適しており、墓、倉庫、住居、宗教行事などとして使用されたという。階段を有する数階建ての住居も発見されているが、国境を跨ぐ為見ることは叶わなかった…。い...

2016
15

曠野らに果つ -Ani Ruins-

殊感悦候、静謐成りてまだ見ぬ故郷に望郷す。恋い焦がれて止まぬ場所があった。其処は特別だった。どうしても、雪景色が見たかった。雪景色でないと、駄目だった。誰の為でもない、己の為だけの旅が、其処にあった。[ 続 ]...

2016
09