SATIAN/39 -廃墟の影片-

廃墟/旧ソ連/未承認国家/国内外の”世界の果て”へ。ヒトノココロノスキマをキリトル頽廃放浪記。

連邦の青い奴…? アルメニアのガンダム公園 - Gundam Park in Armenia ?! -

廃墟と化したレーダーがある。そう聞いて胸高鳴る事がない廃墟マニアなどいないだろう。私ももちろんその一人だ。しかしレーダーに近づくと発砲されるからやめておきなさいと、現地人に諭され意気消沈し。すごすごと街へと帰るその時だった。「ちょっと止めて!」ガンダム?!福島のヘタレガンダム、同じく福島のグレートに続き、今度はアルメニアでもガンダムですって…?!うん………あからさまにパチもん臭がすごいが、まぁガンダム...

2017
23

Аромат бывшего Советского Союза остался в Иджеван - アルメニアで一番最初にソ連になった街で -

旧石器時代や青銅器時代の遺物が発掘されるこの街の端に、忘れられたモニュメントがあった。アルメニアで一番最初にソ連になった街。北方よりソビエト連邦の赤軍が攻め入り、アルメニアで最初にソ連に制圧されたのだ。中心部は思ったより人が多い。かの昔はカーペット製造で有名だった。ソ連全土でも3番目の規模を誇るカーペットの街として名を馳せた。しかしソ連崩壊後、アルメニア国内の経済危機により立ち行き不可となりカーペ...

2017
05

片田舎の鉱山の村・アクタラ 2 - Countryside copper mine city Akhtala -

世界遺産となった教会の他に、この村には何があるのだろうか。と問うたら、普通の人は「何もない」と答えるだろう。実際、この問いは愚問に等しいかもしれない。牛飼いのおじさんに軽く会釈をし、誰も見向きもしないそこに入っていく。この一帯はデベト渓谷と呼ばれている。ソ連時代は銅山として栄えていたが資源は枯れ今では閉山した銅山が殆どだ。銅山から銅を運ぶ為に作った鉄道は現在エレバン・トビリシ感を繋ぐ列車が走ってい...

2017
19

ハフパット修道院 - Haghpat Monastery -

ハフパット修道院。アルメニア北部ロリ地方・ハフパットに存在する修道院。聖ニシャンによって10世紀に創設された、アルメニア史上において最も美しく壮麗な修道院の一つ。アルメニア国内にある聖十字架の中でもハフパットの聖十字架が最も有名で、「ウラルトゥ王国ハフパットの聖十字架」とも呼ばれるハフパット修道院には、最盛期に500人ほどの学僧が集まっていた。地面に埋まったような建築様式がとても可愛い。外周をまわって...

2017
12

サナヒン修道院 - Sanahin Monastery -

サナヒン修道院。アルメニア北部、グルジアに面するロリ地方に存在する美しい修道院。ビザンチン様式と、この地方の伝統的な建築が融合した建築様式だ。「サナヒン」とは「それより古い」という意味だ。それが何を指すかと言うと、ここから車で一時間程の場所にあるハフパット修道院の事だ。サヒナン修道院が最初に造られたのは10世紀。13世紀に大規模な増築を行い隣接するもうひとつの教会や勉強室、図書室、全室などを造っていっ...

2017
05

アルメニア文字公園 - Character park -

アルメニア最高峰のアラガツ山の麓、アシュタラク付近に文字公園はある。アルメニア北部から首都エレバンへ向かい南下する途中、そこへ立ち寄った。アルメニア文字公園には404年聖人メスロブ・マシュトツによって創られたとされる38の文字と2つの合字から成るアルメニア文字のモニュメントが並んでいる。不思議な光景の観光地だが、この日は降ったり止んだりそして土砂降りと犬と猫が入り乱れるような雨模様。マルシルートカ...

2017
29

国境を越え続けて、日常 - アルメニアとアゼルバイジャンの停戦地帯 -

アルメニア北部を走行している時だった。地図を見ていて気がついた。「この道路、アゼルバイジャンの領土内も通っていく…」そして飛び地もある。隣接するアルメニアとアゼルバイジャン、両国の間柄は最悪だ。両国の国民は両国間を行き来する事が出来ない。国境は、閉ざされている。上記の飛び地にあった村は92年アルメニア軍に占領され元々いたアゼリー人達は追い出されてしまった。スマホに表示される地図と、現在走る景色を照ら...

2017
14

片田舎の鉱山の村・アクタラ - Countryside copper mine city Akhtala -

1日で陸路で国境を2カ国越え。相変わらず滅茶苦茶な日程の組み方に我ながら呆れる。此の足で国境を越える時の、独特の、心に吹く風の正体が未だによく分からない。後ろ髪を引かれる名残惜しさか、寂しさか、不安か、青空の高らかな美しさが返って現実の残酷さを映し出すような気がして。アゼルバイジャンからグルジア、グルジアからアルメニアと。敵対国・アゼルバイジャンからやってきた謎の亜細亜人に当然ながらアルメニア軍人...

2017
17

ガルニ神殿 - Garni Temple -

首都エレバンから約30キロにある町、ガルニ。ここにもまた世界遺産がある。アルメニアに残る唯一のヘレニズム建築・ガルニ神殿。この神殿が建てられた頃のアルメニアは、ギリシャやローマの大きな精神文化の影響を受けてた時代。アルメニアには紀元前2世紀から紀元前1世紀にかけてコンマゲネ王国という国があった。ガルニ神殿は、紀元1世紀にアルメニア王ミトリダテス1世により建てられた太陽神ミトラを祀った神殿だ。紀元301年...

2016
09

ゲガルド修道院 - Geghard Monastery -

余りの雪の、凄まじさに。余りの運転の荒さで。私は途中、胃の内容物を全て戻した。ソ連圏のドライバーの運転は、総じて荒い。朝っぱらからテンヤワンヤでたどり着いたのは。ゲガルド修道院。3世紀に建造された修道院だ。歴史は古く、初期キリスト教時代にはすでに創設されていたと言われている。ゲガルド、その名の由来はキリストの脇腹を突いた聖槍の一部がここで発見された事による。槍を意味する「ギガルド」の名が冠せられた...

2016
26

ホルヴィラップ修道院 - Khor Virap Monastery - …と、おいしいごはん。

アルメニアに行ったらまず見たいもの。アララト山。日本でいう富士山のような山だ。今はアルメニアではなくトルコ領土にあり、両国は国交断絶しているのでアルメニア側から行く事は出来ない。そんなアララト山をバックに鑑賞できる修道院がある。が……生憎の、雪。アララト山がすぐそこにある筈なのに、全く見えなかった。無念…ハチュカル。アルメニア正教独特の十字架が彫られた石碑の事で、ハチュは十字架、カルは石を意味する。...

2016
20

薔薇色の街・エレバン 3 - Это вырос из города, Ереван -

雪に覆われたエレバンは、灰色の旧ソ連時代のイメージそのものだった。9月に行ったエレバンは、「薔薇色の街。」異名の通りの美しい街並みだった。でもやっぱり私には、暗鬱なる空の下の方が合っている。9月のその日は独立記念日、派手な軍事パレードが行なわれている頃私はとある廃墟にいた。戦車がどんどん疾走していくと事前に知っていれば、見に行っていたのに。アルメニアでは、何故か「ぽか。」や「すか。」を引くのがジン...

2016
12

薔薇色の街・エレバン 2 - Это вырос из города, Ереван -

ベルニサージュ。エレバンの共和国広場の近くで週末に行われている青空市場。 アルメニアのお土産に適した木彫の民芸品や伝統的なカーペット、絵画、ソ連時代のコインやアンティーク、書籍、アクセサリー、楽器、食器など多くのものが売られると言う。が。…ですよねー。正月。大雪。正月。「観光。」をきちんと楽しみたい場合は、正月シーズンは外した方がいいという事が、存分に分かった。が、私は冬が好きだ。雪が好きだ。大好き...

2016
07

薔薇色の街・エレバン - Это вырос из города, Ереван -

2016年、私はアルメニアの首都エレバンで年明けを迎えた。ずっと行ってみたい国だった。なんだかよく分からないけど、呼ばれている。そんな気がした国だった。私はその時の旅で、価値観全てを覆された。生涯、生きている限りこの国に通い続けるだろう、そんな気さえする。アルメニア。コーカサス三国と呼ばれる旧ソ連圏の国々の中のひとつ、一際悲壮感を覆いかぶさる事になった国だ。隣国であるアゼルバイジャン、トルコとは国境断...

2016
04