SATIAN/39 -廃墟の影片-

廃墟/旧ソ連/未承認国家/国内外の”世界の果て”へ。ヒトノココロノスキマをキリトル退廃放浪記。

新年快樂!

新年快樂!中国や華僑圏では31日から春節(旧正月)を迎えます。そんなわけで、開平碉楼、公開です。にょこにょこアップしていきます。(頭隠れず…尻丸出し…なわけはない…)[ 続 ]...

2014
31

Чорнобиль десять -チェルノブイリ 10- Образ пожежників,Ликвидатор 消防士達の像、リクビダートル

ゾーン内には原発事故をテーマにしたモニュメントが至る所に展示してある。その中の一つに、「世界を救った人たち」と記された、消防士達を象った像がある。消火や放射能流出防止の為、事故直後に突入していった消防士たち。バルブを閉める人、放射線を測定する人、放射線の影響で吐き気をおこしうずくまる人、それを気遣う人。石像は、高線量の放射線の飛び交う中、放射線のことを知らされず無防備のままに作業にあたり、急性放射...

2014
30

Чорнобиль дев'ять -チェルノブイリ 9- Копачи деревня детский сад コパチ村の幼稚園2

コパチ村に唯一残された建築物の一つである幼稚園。(もう一つは役所らしい)中には子供達が描いた絵や、遊んだ玩具、ベッド等が残された儘になっている。ここもまた、訪れる誰かによって意図的にメッセージ性のある、残留物をセッティングされた痕跡が見受けられる。事故当時村には1114人程の人々が暮らしていた。事故の36時間後にプリピアチ市は知らせを受け約3万人が避難したが、コパチ村の人々が避難したのはそれからだ...

2014
25

世 弐

寂莫曠然碧蒼し[ 続 ]...

2014
23

黒檀と铜眠る㠀云爾 参

子死せざらんと欲せば志を脩めよ[ 合掌 ]...

2014
21

黒檀と铜眠る㠀云爾 貳

真人子丹常我前に、明堂四達すれば法海員也[ 続 ]...

2014
19

黒檀と铜眠る㠀云爾 壱

幽闕拓き朱衣を衣、巍巍たるは铜の幻霊根堅固にして志衰えず[ 続 ]...

2014
17

Чорнобиль вісім -チェルノブイリ 8- Копачи деревня детский сад コパチ村の幼稚園

死もなく、悲しみもない。そこにはいのちの書に名が書かれている者だけが入ることが出来るチェルノブイリ原発から3〜4キロ離れた場所にあったコパチ村。事故後、村中の家屋や木々は壊され、土に埋められた。幼稚園は何故か取り壊されずに残されており、観光スポットの一つにもなっている。ガイドが指をさした道路から幼稚園に向かう小道の線量がかなり高く、未だ土壌は汚染された儘であると云う事が伺える。[ 続 ]...

2014
16

螭龙首獵る㠀で 貳

梧葉のおびと無気だし対岸で龙は臥る瞋り知らず今し来らす事も無くただ、別れか行かむ[ 合掌 ]...

2014
12

螭龙首獵る㠀で 壱

此処は路終えた龙の候元砂に臥る故痍は爍燈瘡蓋となり泥濘に還る[ 続 ]...

2014
11

Чорнобиль сім -チェルノブイリ 7- колгосп コルホーズ

コルホーズ、とはソビエト連邦の集団農場のことである。勤労農民が自発的に連合して共同経営を行う団体と定義される、半官半民で協同組合に近い経営体系だ。全て国有であったソビエト連邦における大規模国営農場の事は、ソフホーズと云う。無料で提供された国有地を耕作を行った。主な農機具・家畜等は共有で、労働者は組合員としてコルホーズで農作業を行い賃金を得る。その生産物は政府に売却する組合組織による経営であった。各...

2014
09

Чорнобиль шість  -チェルノブイリ 6- Бетонозмішувальна завод セメント工場

チェルノブイリ原子力発電所の裏手の道を少し走ると、セメント工場の跡がある。当時は原発建設の為のコンクリートを製造していた工場だそうだ。事故後石棺を作る為のコンクリートを製造した工場とは別である。原子炉まで新たに鉄道を引いてコンクリートを運んだ…との事なので、もしかしたらナマズに餌をあげたあの橋の線路の先に、あるのかもしれない。とても小規模な工場だ。周辺には、そんな原発関連の施設が、未だ取り壊される...

2014
07

零咒 - 廃納骨堂 -

白霖の果てに明滅す歹と匕と[ 合掌 ]チェルノブイリから閑話休題…冬休み明けましたら再開します。年末の写真は2011枚…現在の遠征は…何枚に…なるのかな…かな…...

2014
05

謹賀新年 -Щасливого нового року!-

新年、明けましておめでとう御座います。今年も何卒、よしなに。皆様にとってもよい一年になりますように。たぶん写真関係のお友達は各年始のお写真を撮りに走り、廃墟関係のお友達は暮れから明けにかけての遠征、地元のお友達はのんびりと…様々なお正月を過されるかと思います。無病息災、参りませう。そんな自分も恐らく暫く連絡つかないかと思われます。12月はなんやのかんやので年の中で一番撮影をして回っていたような気が...

2014
01