SATIAN/39 -廃墟の影片-

廃墟/旧ソ連/未承認国家/国内外の”世界の果て”へ。ヒトノココロノスキマをキリトル退廃放浪記。

口に含んだキウイは、残酷な程甘かった

私がチェルノブイリへ初めて赴いたのは、2013年10月。その二ヶ月後、私は「フクシマ」と呼ばれる福島にいた。開通する前の6号線。変わらぬ信号は延々と点滅した侭。寒々しい冬の青空の下、寒々しく真っ直ぐな道は続く。大熊町。福島県浜通りの中央部、双葉郡にある町。福島第一原子力発電所の1号機から4号機の所在地である。原発迄の道のりは、監視カメラ付きのゲートにより閉ざされている。この時、車の中で6.71マイクロシ...

2015
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【中止になりました】徜境 SHOKYO -チェルノブイリ in 福島- …2回目、6/27よりいわきにて開催致します。(最終日時間変更)

詳しい概要はこちらより。今月末から開催致します徜境 SHOKYO -チェルノブイリ in 福島- …inいわき。最終日の時間のみ16:00→15:00に変更となりました。会期も割と長いので、ご都合あいましたら是非お越しくださいませ。故郷の隣に、絶望がいる。1986年、チェルノブイリ。2011年、福島。チェルノブイリとは、日本にいる自分にとって知ってはいるけど現実感の無い遠い存在だと思っていた。3.11以降自分の故郷...

2015
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原発には触れないように「元気な写真展をやって欲しい」

元気。って、なんでしょう。「原子力 明るい未来の エネルギー」元気だけだったら、単純にこういうキャッチコピー訴えのある写真の方があるのではないかと思うのですが。と、それはさておき。6月27日より予定していたチェルノブイリの写真展が中止となりました。(この記事に載せている写真は福島の写真ですが)「理由は伏せてくれ」とは言われたのですが、大学のHPに載せていたにも関わらず断りも入れる事なくその旨を削除し...

2015
22

桜舞い

儚いからこそ、美しい。だが、それは原発という現実を目の前に突きつけられた時、果たして肯定出来るものなのだろうか。私事ではあるが、前日、祖母が亡くなった。所用の為丁度福島へ帰省していた所だった。危篤の電話を受け、病院へ行くと、そこには呼吸の止まった祖母が横たわっていた。心臓はまだ小さく脈打っていた。身体はまだ温かかったが、次第に、冷たくなっていった。左じゃなくて、右の首の方から、冷たくなっていった。...

2015
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[唐突に思い出して書く若干古い旅行記]2011.08 ジャイサルメール旅行記15 4,5日目・キャメルサファリ後編

……ずっと放置しておりましたインド旅行記。そう、2011年、気が付けば4年前北インドを旅したのでした。また行きたいなぁと思いつつ行けていないインド。そんなこんなでキャメルサファリ後半の記録諸々です。雨期の勢いで羽化しまくった蚊にブツブツ刺されるが侭の夜を明かし。ロクに寝付けず恐らく1時間半程しか眠れていない。朝飯は、食パン、ジャム、クッキー、ゆで卵。ゆで卵、多くないか…?ラクダ達は勝手に草を食べてい...

2015
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Ghost Town T -niwashi- 5

五歩目の大地は明日を遣わす[ 合掌 ]...

2015
11