SATIAN/39 -廃墟の影片-

廃墟/旧ソ連/未承認国家/国内外の”世界の果て”へ。ヒトノココロノスキマをキリトル頽廃放浪記。

去年の秋、広島へ行った時の話し 1

2014
28


GW、恐らくいつもより当ブログに廃墟写真目的に見る人も少ないだろうから、普通の旅の話しでも。
普通、というものがなんたるかもよく分からないけれど。書こう書こうと思いつつなかなか書けないでいた。



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去年の秋の終わり、広島の山奥へと足を運んだ。
岡山から新幹線で広島へ、そこから電車に乗り換え暫く揺られ。この辺りのローカル線に乗るのは何年ぶりだろう。昔、初めて一人旅をした時以来だ。

3.11、忌まわしい惨劇、原発事故後地元の友人達も何人か、遠方の地へ避難する事となった。
関東、関西、山陰、山陽、九州、沖縄、海外。様々な場所へと散っていった。
福島市だろ?と疑問に持つ人も多くいるかもしれない。
避難していった友人達は、皆「小さな子供を持った親」だった。
妻と子だけが遠方に、夫である自分だけが地元に残る選択をした友人もいる。
今の地元、そこは今は「安全」ではあるのかもしれない。けどそこに、確かな「安心」は何一つ保証されていない事も事実でもあると思う。



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私の友人は、広島の庄原と言う所へ移住した。
それまでは日本中を転々としていた。
庄原と云う場所は、彼に聞く迄知らない地名だった。
自分の持つ広島のイメージと言ったら原爆ドーム、海、毒ガス島(…これはきっと廃墟マニア故)。
山に囲まれた庄原は、今迄の自分のもつ広島のイメージを覆した。
「なんだか、庄原の景色を見ていると福島を思い出すね」
「でしょ。俺もそう思って、ここに住んだんだ」



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中学時代やんちゃで背も高く一見強面に見える彼だったが、その目の奥はいつも優しく、温かくはにかんでいたような気がする。
嫁さんは高校時代の同級生で、高校時代から付き合い続けゴールインしたとの事。チェーミングで朗らかな素敵な娘さんだった。
3歳のこっこは最初は私を見て恥ずかしがって(不審がって?)いたけれど、段々と打ち解けお家にあがらせて貰うと早速「絵本読んで!」と人懐こい笑顔を見せてくれた。



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同級生で古民家に住み薪で火を起こし竃を使う生活をしているのは、彼らが初めてかもしれない。



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到着し早速お昼ご飯を頂いた。
炒飯に手作り納豆に、新鮮なお野菜をたっぷりと使ったお料理。
福島にいた頃自然食品を使ったからだに優しいお料理を提供していたお店をしていたお嫁さんの料理の腕前は、脱帽するばかりであった。
久々にのんびりと、心癒される旅になった。





[続]




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