SATIAN/39 -廃墟の影片-

廃墟/旧ソ連/未承認国家/国内外の”世界の果て”へ。ヒトノココロノスキマをキリトル写真ブログ。

愛する人にさよならなんて、1番言いたくないよ

2007
23
大切な友が、自殺した。
今朝、父から電話があった。
その場で泣き崩れた。バイト先のエレベーター前。泣くなと自分に言い聞かせても、ダメだった。


友は、従姉妹でもあった。小さな頃から、ずっと一緒に遊んでいた。同じ歳同じ背丈、性格はまるで反対で、噛み合う所なんて全然無い筈なのに、凄く仲が良かった。…良かった、なんて。過去形で書きたくないよ…。
中学で一度疎遠になったけど、高校で同じクラスになって、再び、前以上に仲良くなった。しかも同じ部活で。
美人な子だった。同じ血が流れてる筈なのになーんでここまで違うのかなぁ。切れ長でパッチリとした大きな眸、瞬く度音がしそうな程黒くて長い睫毛、ビスクのような白く透き通った肌、艶やかで黒々とした気持ちのいいストレートの髪。しかも頭脳明晰運動神経だってピカイチ、何でも器用にこなす。少しだけ、嫉妬した。理想だった。あんな風になりたいってずっと思ってた。手に届くようで絶対届かなかった。


自分は、先に上京、彼女は、その1年後上京した。お互い別の学校へ。同じ東京だけど、東の果てと西の果て、距離と互いの忙しさでなかなか会えなかった。それでも、長期休みの時は、地元の友達を交え皆で遊んだり、騒いだりした。楽しかった。時々しか会えないけど、こんな日が、ずっと続くんじゃないかなって、思ってた。ずっとずっと、大人になってからも。時々会ってバカみたいに笑って、本音を惜しみなくぶつけて真剣に話す。会える時はすっごく楽しみで、時間が経つのが物凄く早くて。


ある日、彼女が鬱病だと言った。薬を飲んでいる。正直、吃驚した。事情を聞くと、学校の事、それらを取り巻く物や事が原因らしい。なるべく、相談に乗れるようにした。
薬、あんま飲むなよ。アタイ、薬飲んで治った人とか、元気になった人とか聞いた試しないから。いっぱい話して外に出せよ。
大丈夫だよ、きちんと自分の症状に合ったものを飲めばちゃんと良くなるんだよ。
彼女は、薬科大に通っていた。薬に関しては、私より遥かに詳しい。
自分が入った次の年から、薬科が6年生になるんだと、今まで4年で詰め込まれてきたのにずるいよと怒っていた。同時に、4年と6年では社会に出てからの待遇に差が出るのではないだろうかと、不安がっていた。
小さな頃から、確かに考えすぎでマイナス思考になりがちな所はあった。けど。


聞く度会う度、彼女の薬の量が増えていった。過食症で、止まらないと言った。夜に菓子パン5個位食べちゃうんだ、と。食べていないと落ち着かない、と。
その頃母さんから聞いた。彼女の母の、彼女の理想。…
親って、そこ迄子供に望むものなの?
母さんは顔を渋った。それは望みすぎだ、と。彼女にとって負担にしかならないだろう、と。彼女の事を何も分かっていない、このままでは彼女をいつか潰してしまうかもしれない、と。
彼女は言っていた。「いつも、気がつくと欲しくない物を買っている」欲しいと思っていても、悩んだ挙句結局買わないで、気がつくといつも欲しくない物を買ってしまっている。今着ている服だって、本当は欲しくなんてなかった。………


試験を落としたと言っていた。高校の時、それよりもテストの頻度が多く、内容も勿論難しい、大変だと言っていた。毎日勉強で忙しいと言っていた。自分達の通っていた高校は進学校で、(私は全然勉強しない劣等生だったからどうしようもないけど)彼女はその中でも成績が良かった。何も特にしていなくても点数の取れる子だった。その彼女が勉強をしても難しいと弱音を吐くのだから、よっぽどの事なのだろうと心配した。
彼女が、日記でアルバイトをやめたと書いた時、妙な胸騒ぎがした。何があったの?と問うと、自分が悪いんだ、と。今自分の悪い所を、元バイト先の皆に聞いて回っている、と。その直後、日記はアカウントごと消えた。
ほんの数日前、彼女からメールがあった。携帯のメアド変えたから変更お願いとの事だった。丁度、疲れている時で、数回のちょっとしたやり取りしか出来なかった。メールでは分からないけど、特に疲れているような様子は、伺えなかった。春休みは遊べなかったから、GWは皆で遊べるかな。近々メールをしようと思っていた。
…一週間も経たないんだよ、その連絡が、彼女との最後になるなんて。


今朝、おじさんとおばさんに、警察から連絡があったらしい。2人で東京に向かったと。まだ、他の事は分かっていない。

こんな事、今更言うのはおこがましいかもしれない。私は何も出来なかった。出来るなら、止めたかった。なんで、死ぬなんて…一人で抱え込まないで欲しかった…
止め処無く悲しい。悲しいを通り越して、頭の一部分が白くカラッポになってしまいそうだ。
今でも振り返れば、あいつがローかハイか分からないような妙に面白いテンションで、あいぼーって、アタイのあだ名で呼んでくれるような気がする。思い出に、手を伸ばせばすぐ届きそうな気がする。今だって、高校の時のあの制服で、授業中塀を乗り越えてコンビニ迄走ったりとか、中庭で干し柿作ってバカ騒ぎした事とか、クラスが変わっても三年間、ずっと同じ、皆で空き教室見つけてお弁当食べた事とか、花火大会で夜遅くなって、家迄送っていった事とか、きっと他人が聞いたらくだらないんだろうけど、堪らなく愛しい思い出ばっかり…鮮やかに思い出せちゃうんだ。


小さい頃に振り返れば、おばあちゃんちで親戚一同ワイワイと集まって、すき焼きパーティーしたり、一緒お風呂入ってる時男の子達が覗きに来てキャーキャー騒いだり、2階の大きなベットをトランポリン代わりにして一日中ピョンピョン跳ね回ったり、おばあちゃんちの柴犬3匹を連れて、新幹線の線路の下の公園で、遊んだり、正月に皆でUFO見ておっかながったり、お父さんのエロ本屋根裏で見つけて皆でやぶって遊んだり、グアム旅行皆で行ったり、山形旅行も行ったし、水族館も行ったし、おばちゃんの実家でやったシャボン玉がとても綺麗だった事とか、夏の夜花火でアリ焼いて真っ白だねーって残酷な遊びした事とか、思春期には毛ぇはえたよーとか胸でかいねーとか生理きたよーとか報告し合ったり、信夫山の上から新幹線がトンネルの中に入っていくところを見て無駄にワクワクしたり。いつも一緒だった。


いつからそんなに、頑張るようになっちゃったの?頑張らなくて、良かったのに。君は自分らしく生きてるあいぼーが羨ましいって言ってたけど、アタイは君の事の方が羨ましかったかも。自分らしく生きるって、凄く楽しいけど、凄く大変だと思うよ。自分を貫けば貫く程周りとの摩擦が生じるでしょ、気にしてないつもりでも、どっと、疲れちゃうから。それでも貫きたいから、今もこうしてるだけ、自分と云うものを確立したいから、泣いても立ってるだけだよ、たぶん。好きな人がいるから、守りたい何かや誰かがいるから。やっと、立っているだけだよ。
死んじゃうなんて、怒っちゃうから。
大好き。
もう、無理しないでね。無理しちゃだめ。いつか、きっとまた会えるよ。その時迄、ゆっくり休んでね。忘れない。ずっと。


喪に、服します。
暫し、ブログやミクシィ、お休みします。
地元に戻って、いっぱい泣いてきます。大好きな分、泣いてきます。







2013.10.21 追記
先日16日、彼女の誕生日だった。
嗚呼、今年も何もなかったように、誕生日は過ぎて行く。当たり前だけど。
あれから何が変わった?
少なくとも私は変わった。強く、なった、と思う。
祖母は、あれから迷宮に閉じ込められてしまったように、どんどん弱っていった。
今、私の顔を見ても、私である事に気がつかないだろう。
祖母の中では、私たちは幼年期の侭コロコロと笑う、毎週日曜日おばぁちゃんの家に集まっていた頃で、止まっている。
一番幸せだった時期なのだろう。祖母にとっては。
壊れたものは大抵直せるかもしれないけど、でも、「元」には戻らないんだよ。
父の顔を見ても、母の顔を見ても、もう、祖母は。
「ゴッドマザー」と呼ばれる程強かったあの人が、一人の孫の死で一気に壊れてしまった。
だからなんだ、って話しだけど。
きっと他人から見たら、瑣末な人間の一人生に過ぎない。
人は過ぎ去りし体温に縋り生きてなど、いけないのだよ。
と。
言うのは簡単だ。


先日、ずっと見たいと思っていた映画「バタフライ・エフェクト」を見た。
2004年に公開されたアメリカ映画で、カオス理論の一つ、バタフライ効果をテーマに製作されたものだ。
時折、記憶を喪失する少年だった主人公・エヴァン。
成長してからはその症状も無くなったのだが、ある日、その治療のために小さい頃から書いていた日記を読むと過去に戻れる能力がある事を知る。自分のせいで幼馴染のケイリーの人生を狂わせてしまった事を悔やみ、過去に戻り運命を変える事を決意する。しかし、過去に戻り、選択肢を変えることにより新たに始まる人生は、ことごとく、彼を含め彼の愛する人の誰かが、幸せではなかった。エヴァンは、自分とその周りの人々が、全員幸せになる人生を求め、戻るべき過去の時点と、その選択肢を模索する。(wikiより)
見終えた後、止めどなく、涙が流れた。
自分がもし過去に戻れるとしたら…それもある、けど、それだけじゃなくて。

この先は、言えない。


…でも、ずっと思っている事がある。
彼女が死んでいなかったら、私が先に死んでいた、と。
どうしたら、良かったんだろうね。



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