うつろいゆく大都市・大連 -消え去るロシア人街-
2016
01
此処も、時と共に消えるのか。

大連駅の北側に位置する、旧ロシア街。
帝政ロシア時代の行政区跡地で、多くのロシア人が住んだことからそう呼ばれている。
ロシア風情街の一番奥のロータリーのど真ん中に構えるは、満州資源館。
当初はこの付近を建築したロシアの会社である東清鉄道事務所が1902年に初代の大連市役所となった。

そして日本統治後の1907年に東京から移転した満鉄の本社となり、満鉄の本社が1908年に現在の魯迅路に移転後は二代目大和ホテルとなった。なんとあの日本を代表する文豪・夏目漱石も宿泊した事がある。
その後、満州物質参考館、満蒙資源館、満州資源館と次々と転身し、終戦を迎える。

金帆ホテル、満州資源館と並ぶ。朽ちても尚威厳は失われるどころか、燻し銀のように味のある姿となっている。
しかし、ここも取り壊されるのは時間の問題かもしれない。



作られた観光地的観光地は、余りにものっぺりとしていて、シャッターを切る気にもなれなかった。
あの先に、本来の大連がある。人の生ける”ナマ“の場の方が、私は好きだ。











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