SATIAN/39 -廃墟の影片-

廃墟/旧ソ連/未承認国家/国内外の”世界の果て”へ。ヒトノココロノスキマをキリトル写真ブログ。

日帝残滓・三菱列社宅

2016
24



初めての韓国洄遊。高層ビルが建ち並び網目のような地下鉄網。ソウルは言葉の違う東京のようだ。故に余り“トリップ感”を感じない。一目瞭然な都市構造。
地下鉄を乗り継ぎ約1時間。その日私は仁川市富平区へ足を運んだ。



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唐辛子の赤色が目に飛び込む。焼き焦がれるような猛暑日。汗は絶え間なく吹き出し日本では聴かぬ蝉の声が反響する。



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ソウル近郊のベッドタウンとして栄えるそこは、日本統治時代から陸軍の造兵廠があった場所だ。



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平凡な住宅街のその一角に、三菱列社宅は存在する。



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三菱列社宅は、日帝強制占領期間である1938年に、機械製作会社の弘中商工が労働者を受け入れるために作った宿舎である。



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建物が列をなしているようだったので“列社宅”と呼ばれた。
1942年に軍需物資補給工場を運営していた三菱重工業が買収、当時1000人余りの韓国人労働者が生活していたという。



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光復(解放)後に日本が退いた後も、相当数の労働者が列社宅に住んでいた。現在では約90軒だけ残っており、内50軒は空き家…というか廃墟になっている。



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[ 続 ]



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2 Comments

EVNARA  

マニアックな場所ですね。

残っているものですね、そしてまだ生活している方がいらっしゃるとは。勉強になりました。因みに兵器工廠では何を製造していたんでしょうか。三菱という事は航空関係の部品?

2016/09/10 (Sat) 18:50 | EDIT | REPLY |   

星野  

To EVNARAさん

軍需物資らしいですが、一体何を造っていたのか、詳しい事は分かりませぬ。国会図書館で文献漁ったらわかるかもしれません。時間があったらじっくり調べてみたいのですが、なかなか現在そんな時間も取れず(涙

2016/09/12 (Mon) 15:02 | EDIT | REPLY |   

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