薔薇色の街・エレバン - Это вырос из города, Ереван -
2016
04
2016年、私はアルメニアの首都エレバンで年明けを迎えた。
ずっと行ってみたい国だった。
なんだかよく分からないけど、呼ばれている。そんな気がした国だった。
私はその時の旅で、価値観全てを覆された。生涯、生きている限りこの国に通い続けるだろう、そんな気さえする。

アルメニア。
コーカサス三国と呼ばれる旧ソ連圏の国々の中のひとつ、一際悲壮感を覆いかぶさる事になった国だ。
隣国であるアゼルバイジャン、トルコとは国境断絶、国境の70%が閉ざされている。
資源にも乏しくロシアに頼らざるをえない、近隣からは「ロシアの操り人形」とも呼ばれている。
凄惨なジェノサイドの歴史もあり、20世紀最初の大虐殺はアルメニアで起きた。
未だにその暗い背景を引きずっている為か、国自体が貧しい為か。街は何処となく吹きすさぶ灰色の風を感じる。
が、自然は豊かだ。空も、大地も、森も、雄大な山々も。その景色は飽くる事など決してない。丸一日一生見つめていたい。強く引き込まれる、独特の引力がある。
首都エレバンは、薔薇色の街と呼ばれている。
凝灰岩を建築資材に多用しているので、桃色がかった茶色の建築物が多い為だ。
折角なので、麗しの首都を存分に歩こう。そう思った。

…
神は非情だ。
アルメニアは猛烈な豪雪に襲われていた。入国初日だったからまだ良い、雪のせいでとんでもない事態になっていく事を、その時は思いもしなかった…
冬が好きだ。雪が好きだ。雪が見たい。雪に埋もれたい。そんな願いはしっかりと天に届いた…のかもしれない。

共和国広場は、1926年に建築家アレクサンダー・タマンニアンによって造られた市街の中央広場だ。広場の周りには、アルメニア歴史博物館、アルメニア共和国政府、中央郵便局、外務省・エネルギー省、マリオットホテルの5つの建物で構成されており夜間になると噴水ショーが展開されるらしいが…この有様だ。
変なオブジェが多いな、と練り歩く。
アルメニアの人々は、年末年始は基本的に家で家族や親族たちと過ごし新年を祝う。
なのでお店も休みだし、タクシーもマルシルートカも平常時より少ない。ましてやこの雪だ、街に人通りは、真昼間だというのに殆どない。




苦い笑いが溢れる程、雪だ。




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