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SATIAN/39 -廃墟の影片-

廃墟/旧ソ連/未承認国家/国内外の”世界の果て”へ。ヒトノココロノスキマをキリトル頽廃放浪記。

レトロフューチャー、人民解放戦争の堕落戦闘機の記念碑 - Monument to the Fallen Fighters of People's Liberation War -

2018
03


そこは過去であるはずなのに、何故か未来を感じた。



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ボスニアのとある地区に墜落したパルチザン戦闘機の記念碑。
そして、遺骨も埋葬された墓地でもある。



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同時に第二次世界大戦下のユーゴスラビアにてセルビア将兵によって組織されたナチス・ドイツへの抵抗組織、チュトニックのリーダー、スパス=タディックを殺害した不法労働者2人を偲ぶ為に建てられたという。
しかしそこに刻まれた名前はそれだけでないように見える。
墜落事故で亡くなった兵士や、この地で戦ったパルチザンの兵士たちも慰霊されているのだろう。
当初ユーゴスラビアには抵抗組織が2つ存在しておりひとつはチトー率いるパルチザン部隊、もうひとつがチュトニックだった。



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しかし早期から内部が腐敗に染まり規律にも欠けていた為地元住民の指示は得られなかった。
しまいには敵であったはずのナチスとその傀儡勢力であるセルビア救国政府と協力関係に入りパルチザン部隊と戦う始末…。しかし1943年にイタリアが降伏すると勢力的に衰退の一途を辿り、翌年には連合国からの支援も打ち切られ1945年5月に崩壊。



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現在でも1990年代に勃発したユーゴ紛争のセルビア人民兵が民族主義の思想的系譜を引き継いだものとして「チェトニック」を自称する組織があり、今日でもセルビア、スルプスカ共和国を除く旧ユーゴ諸国はじめ各国で警戒されている。



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モニュメントには戦争の混乱の中で戦っている兵士や戦闘員を描いた小さな模様や、穏やかな村の生活を描いた模様が刻まれている。宗教的な意図の見える模様もあるが、それが伝統的なものなのか単なる装飾であるのかは定かではない。



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埋め込まれた銅板は、パルチザンの受けた創傷を表す。
深く、重たい意図のあるそれがユーゴ紛争を知らない私にレトロフューチャーな魅力を感じさせるのも、何だか変な話だ。



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