地元の廃病院 - An Abandoned Clinic in My Home Town -
2018
22
私の出身地は、小さな街だ。
と言うと福島県内だとそんな事ないでしょ、と言われる時もある。
県庁所在地ではあるが、何もない。本当に吃驚する程何もない。
何もないけど、何もある。
そうは信じたいものの、どうにも目を瞑りたくなる現実の方が多い気がしなくもない。

廃病院からは、福島市のシンボル信夫山が見えた。
私の通学路だった。
物心付く前より馴染みしかない場所。
いつ、何処で、何が、どう変わっていくのか。
明日は常々見えないものだ。
見えると過信する者程、手に届く範囲の物や事が見えていない。

廃病院からほど近い坂道で、交通事故に二度遭った。
三度だったかもしれない。
更に進んで行くと鉄道関連の施設が遺棄されたままとなっており、線路も遺棄され草木が生え放題になっていた。
いつも横目に、憧れていた。
今はそこも、味気も色気もない新興住宅地。
勿論悪い事ではない。

福島市の日常は、フレコンバッグと共にある。
その違和感に声を上げる者は、私の知る限り市内にはいない。
ただの日常、変わらぬ日常、過ぎ去るだけの日常。
何年も放置されている廃病院と変わらない。
声を上げれば「風評被害」内地からでも飛んでくる。
その現実に項垂れる。
「原発には触れないように『元気な写真展をやって欲しい』」
というような何処ぞの声のようなものが数ある正義という、現実。


廃病院は綺麗さっぱり、なくなってしまった。
廃病院があろうとも、なくなろうとも、これと言って何が変わるわけではないだろう。





嘘は甘いがすぐ湿気る。
湿気った甘味をしゃぶり尽くしながら、この街は在り続ける。

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