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SATIAN/39 -頽廃放浪記-

廃墟/旧共産圏/未承認国家/国内外の”世界の果て”へ。ヒトノココロノスキマをキリトル頽廃放浪記。

ボスニアの古都・モスタル - Bosnia of the ancient city, Mostar -

2019
30


ボスニアの古都・モスタル。
世界遺産にも指定され近年クロアチアからの旅行者も多い美しきこの街で。



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私は干からびていた。
想定していたよりも遥かに暑いのだ。
爽やかな筈の初夏、この日はものの見事な夏日であった。



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渇きを潤すと腹が減っている事に気が付いた。
肉食べたい…。
と、ナイスタイミングなところで「グリルセンター」がお目見えした。



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ど直球なこの名前、いいね。



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注文するはボスニアの伝統的肉料理・チェヴァプチチ。



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牛肉をミンチし小さくまとめたものを炭火などで焼いた食べ物だ。
これが凄く美味しい。ボスニアにいる間何度も食べた。
ジューシィな肉を生の刻み玉ねぎと大きなパンと一緒にムッシャムッシャと食べる。



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途中、すごい色の飲み物を見つけた。
ジーッと見ていたら店員のおじさんが出てきた。



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日本でもありそうだけど、うん、ビビッドカラーの魅惑には負ける。
兎に角暑くて常に水分補給をしていないと倒れてしまいそうだった。



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モスタルの観光の中心地へとやって来た。
ヨーロッパらしかぬ中東の空気を感じる。



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並ぶ土産もトルコランプが目立ったりする。



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モスタルの地名は、実在した市場から左岸に向けて架かっていた木製の橋を守る「橋の番人」を意味する「モスタリ」から来ている。
古くは新石器時代、青銅器時代、鉄器時代など先史時代より広く人が生活していた跡が確認されており、オスマン帝国支配期、オーストリア・ハンガリー帝国支配期を経て1939年にはユーゴスラビア王国クロアチア自治州の一部となっている。



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ネレトヴァ川にかかる橋「スタリ・モスト」。
川を挟み東側はイスラム系住民、西側はクロアチア系住民の居住区となっているが、年々住民の隔たりは緩和されつつあるとの事だ。



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可愛い猫を横目に散策を続ける。



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とある土産屋の前で足を止める。
え、これは。



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ナチス時代の使用済み切手…!(それ以外にもツッコミ所のあるアイテム類が)
購入するか否か迷ったが、高かったので踏み止まった…いややはり買うべきだったか……。
チェコの蚤の市でこの手のわんさかあるよと聞いているのでそちらに行く機会があった時探してみるか……。



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うむ。



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橋の上では飛び込みパフォーマンスをしている海パン男がいた。
旅行の団体さんでは中国の方も結構見かけた気がする。
何も考えずぼへーっと散策した平和な日。
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争時、この橋が破壊されたなどとは想像も出来ない平和な日。





バルカン―「ヨーロッパの火薬庫」の歴史 (中公新書)
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