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SATIAN/39 -頽廃放浪記-

廃墟/旧共産圏/未承認国家/国内外の”世界の果て”へ。ヒトノココロノスキマをキリトル頽廃放浪記。

ブレスト要塞 - Brest Fortress in Belarus -

2019
05


ブレスト=リトフスク要塞。


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星の形をした象徴的な門。
この門見たさに、ベラルーシの果ての果てまでやって来たのだった。
電車に揺られる事数時間。モスクワから走ってきたその電車は長旅の客人でそこそこ賑わっていた。
寝台車で昼寝をし続け終点、ブレスト


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一番の目的を、あっと言う間に果たしてしまった。
しかし。


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やっぱり、今でも屍の臭いのする場所だな…。
穏やかな草っ原が広がるそこは、嘗て激しい戦いが繰り広げられた地だった。


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レンタサイクルもあるし、のんびりと散策をする事も出来る。


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ぽつぽつと歩いていく。ぐるりと、要塞で囲われているようだ。


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元白ロシア・ソビエト社会主義共和国、現在のベラルーシ共和国ブレスト市、ポーランドの国境からほど近いこの場所に、19世紀初期にロシア帝国によって建造された星形要塞である。


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第一次世界大戦、ポーランド・ソビエト戦争、第二次世界大戦と戦火の舞台となった。バルバロッサ作戦と聞けばうっすら聞き覚えのある人もいるだろう。


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第二次世界大戦、1941年6月22日にドイツ軍から攻撃を受け6月30日には大部分が占領された。
この戦いで25人の将兵、2877人のソビエト兵が捕虜となり1877人の兵士と将兵が死亡した。7月20日までソ連軍は抵抗を続けた。


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8月8日にはヒットラーとムッソリーニが訪れた。
…この場所は妙に、見えて止まない。おそらく分かる人には分かるだろう。


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戦後、1965年5月8日にナチス・ドイツの侵略に激しく抵抗した要塞に送られる英雄要塞の名誉称号がソビエト連邦によって与えられた。
だがしかし、名誉は与えられても、失われた命が戻る事は決してない。
ベラルーシダークツーリズムの団体客らしき人々と数組、すれ違った。
重く、苦しい場所だった。






ブレスト要塞大攻防戦

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2 Comments

酒井 収  

夢物語のようにも思える。

国が違ってもこういう場所が沢山残っているのですね。戦いに勝つためだけに作られた要塞の街、過去の血生臭い雰囲気を伝えるには充分すぎる場所として残り続けて欲しい。せめて亡くなった英雄の家族が、彼らの元に旅立つその日まではね。

2019/08/06 (Tue) 12:31 | EDIT | REPLY |   

星野  

To 酒井 収さん

特にソ連は、屍の数が尋常じゃないですからね…。
どんな場所か、いまいち想像出来ていなかったけど、実際足を踏み入れて“実感”を得ました。
今の平和がいかに尊い事か、改めて胸に刻まなければと思いました。

2019/08/09 (Fri) 16:46 | EDIT | REPLY |   

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