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SATIAN/39 -頽廃放浪記-

廃墟/旧共産圏/未承認国家/国内外の”世界の果て”へ。ヒトノココロノスキマをキリトル頽廃放浪記。

フリードリヒ ヴィルヘルム王3世 五番砦 in ロシアの飛び地・カリーニングラード - Fort № 5 "Frederick William III" in Kaliningrad -

2019
06


リトアニアとポーランドに挟まれ、バルト海に面するロシア飛び地カリーニングラード
飛び地と聞いて興奮するのは、人間のサガだ。たぶん。きっと。



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カリーニングラードは元々1255年ドイツ人の東方植民によって建設された都市で、1946年まで使われていた旧名はケーニヒスベルクというドイツ語で王の山という意味を持つものであった。20世紀前半まではドイツの東北辺境の重要都市で、プロイセン発祥の地でもある。



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後にソ連領となったがソ連崩壊、そしてリトアニア独立後ロシア飛び地となった。
経済が崩壊し、東欧・旧ソ連全域を舞台にしたさまざまな犯罪の拠点に使われるほど治安が悪化、軍事都市時代の有害な廃棄物が放置されて住めない土地が各地に広がる散々な状況が一変したのはプーチン大統領の前夫人・リュドミラ夫人のお陰と言えようか。リュドミラ夫はカリーニングラード出身。復興にテコ入れする事となったのだ。



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嘗ては軍都、外国人の入域を禁じていた事もある謎の地域(今現在も、入域制限のある区域が存在している)…という事で私は興味を持ったのだ。そこには一体何があるのだろう、と。



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カリーニングラードの代表的な観光地のひとつ、フリードリヒ ヴィルヘルム王3世 五番砦。



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錆びついた魚雷は観光客のベンチ代わりになっていた。



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嘗ての堅牢な要塞は軍事博物館として一般公開されている。



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気持ちのいいロケーションで、周りを散歩する人々、釣りをする人々、市民の憩いの場ともなっているようだった。



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フリードリヒ ヴィルヘルム王3世 五番砦は、普仏戦争でドイツが勝利した後、フランスからの賠償金で1872年から1890年にかけて建設された12の砦の内の1つだ。一部は捕虜となったフランス軍によって建設された。



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215m×105mの細長い六角形の形をしており、レンガで建設された堅牢な要塞。
1894年、1797年から1840年までプロイセン国王であったフリードリッヒ ヴィルヘルム3世に敬意を表して命名された。



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巨額の投資にも関わらず20世紀初頭には砲兵の進歩により要塞はやや時代遅れの物となり、秘密の軍事施設はしばしば花火大会やお祝いに使用されるようになった。


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20世紀の初めには砦を強化し、天井は鉄筋コンクリートに置き換えらた。そして第二次世界大戦時、要塞は再び強化され、8個の重砲、25個の迫撃砲、50個以上の機関銃支柱を備えた強力な物となった。



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終戦後、1979年に博物館として開放された。
2010年にはカリーニングラード地域歴史美術館の一部となり、新しい展示が行われた。



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砦内外を探索するのはとても楽しい。歴史の勉強と冒険、両方を兼ね揃えた場所である。
校外学習の為近隣の小中学校の生徒がバスで乗り付けやってきた。
自分の中学時代、沖縄修学旅行で巡った戦争遺構の事を思い出した。







創造された「故郷」: ケーニヒスベルクから
カリーニングラード

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