SATIAN/39 -廃墟の影片-

廃墟/旧ソ連/未承認国家/国内外の”世界の果て”へ。ヒトノココロノスキマをキリトル写真ブログ。

松尾鉱山~終焉ノ痕・序曲~其の弐

2009
07
廃墟の写真を載せがてら、
今まで此処でも何度か書いた、廃墟写真を撮るきっかけや、目的だった事等
含め、話していこうかと。




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此の話しをブログ内でするのは、これで最後にするつもり。
誰かにして、って言われたらするけど(笑
…そう云った意味も含め、終焉ノ痕・序曲、でもあります。




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私は元々、イラスト描きでした。年に何度か個展やらデザフェス出展、
GEISAIに出したり、そんな活動をしていました。
けど、描けなくなってしまいました。
絵に思いを馳せる、乗せる、籠める事が出来なくなってしまった。




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色々描きすぎて、主体性を失ってしまったと云う部分もあるけど。
何より、友人の死が壱番、大きかったです。
生まれた時からずっと一緒で、過去の何かを思い出すにも語るにも、
彼女無しでは自分は成り立たない。
彼女は限りなく私と左右非対称だけど、本質的には鏡で、半身で、
私だった。




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こんな事を言ってしまったら、親族一同に泣かれ殴られるだけじゃ
済まないと思うけど、もしかしたら、先に自殺していたのは私かもしれない。
同じ痛みを感じていた。
彼女も、彼女の弟も、私の弟も、私も。
家なんて、とっくに没落しているのにね。
過去の栄光って、過去に生きた人には、幾年経ってもきっと眩しいのでしょうね。
重ねないで、過去の貴方を、貴方の理想を。顔を合わせる度自分が惨めになる、
切迫させられるのは、皆一緒だったと云う事を知ったのは彼女が死んでからだった。




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彼女が死んでから、ずっと心が空っぽで、何もつくる気になんてなれなかった。
そんなある日、とある友人が軍艦島へ行ったと言った。
なにそれ凄い。
アタイも行きたい。
そう思い立ち、一ヶ月後。
…軍艦島に降りたっていました。(早…)
其処で感じた、空虚の中にある言い知れぬ温かみと云うか、
今にも声が聞こえてきそうな人々の想いの渦、残留思念、
歴史の上を今こうして歩いているんだと云う、実感の無い恍惚の歩行。
…嗚呼、これしか、無いのかもしれない、と。
廃墟に対し、彼女の影を重ねるようになっていきました。
其れが、廃墟を撮るようになったきっかけ。
ずっとずっと、彼女を追っていた。




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そうして、1年半以上経ったけれど。
今は。
当初の目的は薄れ、純粋に、ただただに廃墟が好きで好きで堪らなくて、
その退廃的な美しさに惹かれ、刹那のデカタンスに惚れ込み、駆け抜けている。

彼女を追っていたつもりだった、重ねていたつもりだった。
問いすら見つからない答えを探して、写真を撮っているつもりだったけど。
其れは違ったのではないか、と。
結局答えなんて、見つからなかった。
いや、見つかってはいるんだ。
ただ、認めたくなかっただけ。




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…だから、もう、お終い。
彼女を重ねる事は。
彼女の死から2年以上経って、ようやく。
彼女の事は一生忘れる事は無いし、一生愛している事には変わりないけど。
今回の東北遠征で、やっと、何かが、外れたかもしれない。

心の底から楽しいと思える事に、いつまでも死を重ねていては
いけないと思った。
周りが死を乗り越えて頑張って進もうとしているのに、自分だけが
いつまでも後ろを向いていては駄目なんだと思った。
…色々あったけど、親類とは仲もいいし、皆、大好きです。
だから。




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昔話は、これでお終い。
今年の頭以前の写真に対し、「プライベート写真を見せられているようだ。
自分の世界から出きっていない」と云う手厳しい評価を頂いた今日この頃。
正直ムカッ腹も立ったけど(笑)、今後の糧にしていこうかと、思います。
うん、やっぱり、楽しいの。
どうしようも無い位楽しいの。
悉くオ●ニーである事には変わりませんが。ひひひ

今後共、SATIAN/39を、
宜しければ、よしなに。





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2013年2月、追記。
この記事から、もう3年半。
早いものです。
心の中で、何処かで「もう引き摺るのはやめよう」、まとまらない気持ちを
どうにも出来ず、「外に出せばきっと気持ちにキリがつくだろう」そう思い書いた
記事でありました。
暫くは、そんな気持ちでいれたけど。
結局戻ってくる場所は、同じだった。
死を重ねる事はやめられなかった。
でもそれで良かったと、今なら言える。
あいつが死んで、もう六年経とうとするのか…
なんて早いのだろう。
何で生きてしまったのだろう。

今また、自分は親友の死に直面しようとしている。
同じ後悔は二度としない。

明日(もう、今日か)は廃墟本の発売。
名乗ってしまった、廃墟写真家。
廃墟だけ撮るわけではないけど、いいよね(笑
雅号を貰った時強く実感したけど、「名乗る」と言う事は、ある種の「覚悟」を決める事なんだと、
思います。
中筋さんに、感謝。

昔の写真を見ていたら、色々、昔の事を思い出した。
レンズ2本だけだったな。
でも、それでも表現は無限大だったな。
小さなフィルムカメラで大きな世界を映し出せたな。
広大な空気が、目に映るもの全てが冒険だった。
何も知らない方が何も知れたな。
何も見ない方が何も見れたな。
全部夢だったら良かったのに。
楽しい夢は悪夢だった、でも目が覚めたら楽園、そんなわけない、けど、
苦くも甘く、永遠だ。

今年こそはぼんやりと、恋人を廃病院に連れて行けたらなぁ、なんて思っている。
「人に歴史あり」彼から貰った言葉で二番目に響いた言葉だった。
忙しさが終わったら。色んなところに連れて行こう。
なんだか話しがずれてきたな。
寝よう寝よう。


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4 Comments

赤い弾丸  

なるほど。そんな事があったんだね。

仕事の終わったあの日の夜にU1さんには話したけど、俺のお袋は
いわゆるミエル人です。
俺が物心ついた頃からよく彼らのことについて話してくれた。
だからなーんもミエない俺も信じる信じないの次元でなく自然に受け
入れられるわけなんだけど、

生前自分に由縁のあった存在って、たま~に方向を教えてくれてる
気がするんだよ。
俺自身が理不尽な考えや姑息になってる時はシカトされてる気もし
ます。
でも純粋に何かを探し求めてる時には、
「こっちでいんじゃん♪」ってぽろっとささやいてくれてる気がする。

抽象的で申し訳ないけど、今回U1さんのお話読んで、そのことを
ふと書きたくなりました。

これからも作品・活動、楽しみにしてます♪

2009/07/08 (Wed) 00:41 | EDIT | REPLY |   

U1  

どうもですー。

2007年の7月の事だから、もう2年以上前の事です。
何だか、早いです。
あいつよりも年上になってしまった事が、少しだけ悲しいです。

生前に、廃墟に由縁があったんでしょうかねー。
前世が見えると云うお方に見て頂いた事があったのですが、
…うん、無くも無い話しだな、と思いました(何
またお会いした時にでも、それはお話ししますね。
幼少の頃、まだ「廃墟」と云う概念で捉えていない時から、廃墟には惹かれていたかもしれません。其処にいると落ち着きを覚えます、昔から何故か。

自分も父が、祖母が、その他多くの親類が霊感強いので(笑)、仮に自分が見えなかったとしても、そう云う類は受け入れられたかもしれませぬ。
お袋さん興味深いでっす。

有り難う御座いまする。頑張ります!

2009/07/08 (Wed) 11:02 | EDIT | REPLY |   

ponichi  

廃墟に魅せられるきっかけって人それぞれですね...

事情を知らない人間がどうこう言える話じゃないですが
やはり廃墟って終末的な感覚があって
死のイメージに通じるんですね

U1さんの廃墟に対する感じ方の変化って
写真にも現れてくると思います
これからも可能な限り撮り続けてくださいね

ところで今回の写真は記事の件もあるせいか
いつもより心に突き刺さりました
廃墟に萌えるという感覚もいいですが
やはり、、なんというか
廃墟は退廃美。刹那的な美しさが原点だなと再認識。

2009/07/08 (Wed) 16:37 | EDIT | REPLY |   

U1  

どうもですー。
彼女の件以前から、写真集等は買っていました。素敵だなぁ、と思って絵に描いたりもしていたのですが、実際自分で撮るようになったのは本当、彼女の件からですね。+軍艦島。シンクロしてしまったのです。

廃墟って、1度は死んでいるけれど、でも、其れが始まりなんですよね。
死と生両方持ち合わせた存在。
終わりだけど、終わりじゃない存在。
彼女の事を廃墟で追う事はもう無いけど、基本的なスタンスはやっぱり変わらないと思いまする。
死から始まる物語を、これからも、撮り続けます!ずっとずっと、撮っていたいです。
有り難う御座います。


萌よりも、アタイの場合恋と云う感覚に近いかもしれません。本当に廃墟が恋人になっちゃいそう…orz

2009/07/09 (Thu) 12:20 | EDIT | REPLY |   

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